2015年05月04日

旧東海道歩き箱根越え3(観音坂〜鎖雲寺)

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最初の石畳道から県道732号線の車道を歩き出し、右(崖)側下にホテル南風荘が広がるのを見た先、ホテルや天山湯治郷の入口表示がある交差点に観音坂の石碑が建っています。「登り二町許」とあるので220mくらいの坂ですね。…名前無くてもほとんど坂のような道ばかりなのですが…。

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箱根新道に接近するあたり、説明板だけあった葛原坂。

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須雲川の集落に入ります。

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集落を進むと道沿い左側に駒形神社。反対側の川向うにはバンガローのあるキャンプ場が見えます。昔、オートバイのツーリング仲間と泊ってますが、こんなに明るい感じだったかと広がる景色を見直してしまいました。

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駒形神社の先、左側に霊泉の瀧と鎖雲寺の石段があらわれます。鎖雲寺は元々、湯本にある早雲寺の塔頭のひとつでしたが、東海道が整備され賑わいだした寛永七年(1630年)に須雲川村へ移りました。

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鎖雲寺には浄瑠璃「箱根霊験躄仇討(はこねれいげんいざりのあだうち)」や講談などで知られた仇討もののモデルとなった飯沼勝五郎と妻・初花のお墓があります。この霊泉の瀧の前から振り返ると反対側の山に初花の滝と呼ばれる、初花が願掛けの水垢離をした滝が見えるそうです。関東大震災で見え方が変わり、現在は冬場の木々の葉が枯れ落ちている時期のみ見えるとか。

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無住寺と聞いていましたが、とても人懐っこいラブラドルレトリバーがつながれてました(スクーターあったので人もいらしたのかも)。

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比翼塚と呼ばれる勝五郎と初花のお墓。
仇討と霊験話をざっとまとめますと。時は天正年間(1573年〜1593年)、兄の仇を探して放浪中の飯沼勝五郎は現在の福島県で初花と恋に落ち、夫婦で仇討の旅を続けます。勝五郎は病のために足が不自由(いざり)になり、初花が箱車に夫をのせて旅をつづけ(子連れ狼の大五郎みたい)、なんとか箱根までやってきて箱根権現に仇討の願をかけます。満願の日が近づき、兄の仇と思しき相手がやってきます。二人についてきていた勝五郎の忠僕と初花が、箱車から出られない夫のかわりに仇討を挑みますが、返り討ちにあいます。それを見て、兄と妻の仇をとらなくてはと強く願ったところ、箱根権現の霊験で動かなかった足が動き、箱車から出て見事に仇を討ちとることができたという話です。

余談ですが… 「おしどり右近捕物車」という時代劇をご存知でしょうか。下半身不随になった元与力の右近(中村敦夫)が箱車に乗って悪に鞭をふるい、妻・はな(ジュディオング)が箱車を押して動かしまくって活劇してたのですが、子連れ狼の頃の作品だったので二番煎じのよくあるパクリ作品だと思ってました。多少は子連れ狼のヒットが影響してるのでしょうけど、原型はたぶんこちらの仇討物語にあったのかもと今さらながら気づきました。

撮影日:2015年4月19日(日)


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2015年05月03日

旧東海道歩き箱根越え2(箱根湯本〜猿沢石畳)

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三枚橋を渡り県道732号線を歩き始めてまもなく、コンビニにておにぎりと水分購入。30年近く前、この道の先を左折して行けるしろがね林道をオートバイでよく走っていた頃はなかったお店。当時は小田原のコンビニで買い物しておかないと林道を出て戻るまでコンビニ等がなかった…なんてことを思い出しました。

早雲寺の山門が旧街道沿い右側にあり、向かいに白山神社があります。早雲寺は門だけ写真に撮るつもりが撮り忘れてしまいました。

こちらは早雲寺と正眼寺の間、左側にある「あうら橋」という温泉宿の駐車場奥にちらっと見える鳥居です。説明板が見えたので寄ってみると、厄除け石垣神社という豊臣秀吉が一夜城を建てた北条攻めの時に、鬼門除けとして創建されたという歴史ある神社でした。

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鳥居はひっそりと隠れるように建ってましたが、地元である仲宿と呼ばれた地域を災害から守ってくれているありがたい神社のようです。あらためて訪れようと思います。

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少し先の左側に正眼禅寺。

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鎌倉時代の仇討物語で有名な曽我兄弟の供養塔と、曽我五郎の槍突石、曽我兄弟の生家(河津三郎の屋敷)跡があるそうなので立ち寄りました。曽我兄弟関連の史跡はあちこち行ってます。

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曽我兄弟の供養塔。 残念ながら槍突石と生家跡はわからず。(時間を考えてあまり探さず)。

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正眼寺から少し先、坂傾斜とカーブがきつくなる道の左側に双体道祖神。旧・湯本茶屋村の村境を守り、仲睦まじい道祖神と呼ばれているようです。

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道祖神の先の右側に、江戸から22番目の湯本茶屋一里塚の碑があります。

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往時は街道沿いに茶屋が軒を連ねていた地域。一里塚の大きさについては書かれてませんが、風祭の一里塚のように小ぶりだったのでしょうか。旅人が休める大きな日陰を作る必要もなさそうですし、道も狭いですし…。

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一里塚を過ぎて温泉旅館の看板が増えてくる(近江屋旅館の)先の右側、山紫園の看板が見えたら右へ入り、坂を下ります。坂の右手に湯本茶屋公民館、山紫園。説明板は県道下側。

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箱根旧街道の入口、江戸側からの最初の石畳、猿沢の石畳があらわれます。およそ330年前に敷き詰められた石畳です。

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猿沢にかかる猿橋。上の橋はホテルの渡り廊下のようです。

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橋を渡っても続く石畳。石畳入口から橋までと同じくらいの距離で、福壽院入口の横にて県道732号線に出ます。箱根観音をまつる福壽院のあるあたりは観音沢と呼ばれ、観音沢の温泉で命拾いをした江戸初期の旅人が観音様をまつった由来があるそうです。

合流した県道は道路幅こそ広くなってますが、歩道も路側帯もなく歩行が危険。山側の側溝の上がわずかな歩行スペース。その道を上っていきます。箱根東坂の13の坂が始まります。

撮影日:2015年4月19日(日)


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2015年05月02日

旧東海道歩き箱根越え1(早川口〜湯本三枚橋)

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6年ぶりとなる3回目の旧東海道歩き。
小田原から箱根関所まで約20km歩いてきました。

ぽちの旧東海道歩きは「出来る限り旧道を忠実に通る」「一里塚(碑・址)の写真を撮る」で進みます。

東海道線に沿った道から小田原城をながめつつ、国道1号線の早川口へ。
前回終了地点が早川口でした。東海道線の高架のところです。
(早川口7時15分出発となりました)。

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早川口で東海道線と小田急線の高架をくぐり、ほどなく新幹線の高架が見える板橋見附の交差点を右折して旧道へ進みます。曲がって右手に板橋(上方)口見附の説明板がありました。

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板橋の集落。
歴史的建造物として保存・公開されている内野邸。明治36年に建てられた和洋折衷の土蔵造り風町家。他にも雰囲気ある建物が所々建っています。

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板橋延命子育地蔵尊。
古くから西湘地域で信仰されてきた地蔵尊です。

地蔵尊を過ぎると国道1号に出ます。
小田原厚木道路の高架まで国1。

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小田原厚木道路の高架をくぐってすぐ、右折になる小田急線の単線の踏切を越えて風祭の旧道へ。
踏切をこえたところ右側に日蓮聖人霊蹟「ふた親さん象の鼻」の入口と説明板があります。身延山に向かう途中、この山の上にある象の鼻のような岩から、遠く房総に眠る両親を偲んだ場所だとか。

この先、風祭の集落へは左方向へ。

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酒店の隣、進行方向やや左カーブになるところの右側、小道への角に江戸から21番目の風祭一里塚跡があります。小田原の道祖神が前面に出ていて、奥に一里塚の説明板。

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江戸時代は榎を植えた通常より小ぶりの塚が道の両側にあったようです。

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風祭の集落からそのまま入生田の集落へ旧道を歩きます。
入生田には春日局とその婚家・稲葉氏一族の墓所がある紹太寺があります。門前に観光客が数人いたので、こちら側だけの写真です。春日局に興味ありませんが、このお寺は黄檗宗とめずらしいので機会があったら訪れたいです(黄檗宗は京都の萬福寺しか行ったことありません)。

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入生田の集落を過ぎるとまた国1へ出ます。歩道はこちらの高くなったところ。反対側の階段を下りてすぐ、右側の旧道へ入ります。

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山崎の旧道を抜けて国1に戻ると、前方左に早川にかかる三枚橋が見えます。橋を渡って湯本の県道732号線へ。(早川口から三枚橋まで約5.5km、所要1時間でしたが、平坦な道はマラニック気分で走ってますので、オール歩きだともう少しかかります)。

撮影日:2015年4月19日(日)


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2015年04月17日

6年ぶり!旧東海道歩き再開予定〜箱根越え

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旧東海道歩き。
1回目は2007年2月、戸塚原宿から大磯まで犬連れで。
2回目は2009年3月、大磯から小田原まで。

6年ぶりに続きを歩こうと、旧街道地図を
ひっくり返してます。
以前はグーグルマップを印刷して、
蛍光ペンで旧街道を書き込んだりしました。

今は便利になってますね〜。
スマホで旧街道のサイトをブックマーク、
一応、旧街道が出てる地図も写真に撮って
おきました。スマホの充電さえ切れなければ
山中でもチェックできます。
これで旧道探しも困らない〜♪

続きはとりあえず小田原から箱根関所まで。
ポイントは出来る限り旧街道をなぞる、
一里塚(址・碑)の写真を撮る、です。

以前歩いたころよりはるかに足を鍛えてる近年。
3月のマラソンで痛めた膝が痛まなければ
なんとか歩ききれるでしょう。
楽しみ〜。


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2009年03月25日

以前の旧東海道歩き2(平塚−大磯)

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相模川にかかる橋の名前、海岸沿いのR134は湘南大橋、
R1にかかるのは馬入橋です。
相模川は馬入川とも呼ばれています。
江戸時代は橋はなく、舟渡しだったそうで、渡しのルートは
橋の手前、進行方向左側です(対岸も)。

馬入橋を渡った先でR1は道なり右カーブしますが、旧道へは
直進の細い方の道を進みます。
分かれた辺りの歩道はし(右手)の植え込みに「馬入一里塚」の
説明板があります。
江戸から15里。

お昼に予定していた相模川の土手は木陰がなかったので
ここから左奥に入り、公園でランチ休憩しました。
持参のおにぎりです。犬はワンコ用おにぎり(塩なし)。

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平塚の旧街道はショッピング街になっています。
人の多いアーケードを抜けると、見附跡など史跡が目白押し。
どれも右側になります。

平塚宿の江戸見附。標柱、説明板に石塀と竹垣(柵)があります。

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高札場、本陣跡など。

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正面に高麗山が見える通りを直進してきましたが、旧道へは火消しの
まといのマークが壁についている建物(消防関係)のところで斜め右へ。
この建物の角に平塚宿西組問屋場跡の標柱があります。

静かな住宅街っぽい道を直進するとR1ぶつかります。
左方面へ合流すると旧道にそれる前の通りが合流してくる角に
平塚宿京方見附跡の碑があります。

ぽっこりした高麗山を右に見ながら花水川をこえます。
花水川って風流な名前ですよね。
でも小学校の社会科(地元)では男子に大人気の名前でしたたらーっ(汗)

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花水橋をこえると中郡大磯町。
旧道へは化粧坂交差点で右の道へ進みます。
自然の多い静かな雰囲気の中、住宅が並んでいます。

左手の民家の前に、曽我兄弟の兄と恋仲になった白拍子・虎御前が
化粧したと伝えられる「化粧井戸」があります。

その先、右手の植え込みの中に「大磯一里塚」の木製説明板があります。
江戸から16里。

旧道は東海道線の線路の下、歩行者用のとても細くて狭いガードをくぐり、
300mほどでR1に合流します。

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大磯駅前を過ぎ、「湘南発祥の地」の碑の先に、日本三大俳諧道場のひとつ、
「鴫立庵」があります。
「心なき、身にもあわれは知られけり、鴫立つ澤の秋の夕暮れ」と
西行法師が和歌をよんだところです。
とても風雅で中に入りたかったのですが犬連れのため断念しました。

第1回旧東海道歩きはここまで(この先のコンビ二)です。
総距離は約21km、所要時間は約7時間でした。

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以前の旧東海道歩き(戸塚原宿−茅ヶ崎)

1matunamiki.JPG(全てクリックで拡大)

2007年2月4日(日)、第1回旧東海道歩きwith愛犬は、
横浜市戸塚区原宿の一里塚よりも藤沢寄りにある原宿交差点を
出発地として歩き始めました。

旧道へは影取で国道(R1)沿いにあるラウンドワンの先、
藤沢バイパスと県道30号にわかれるところを進行方向左の県道へ。

哀しい大蛇伝説の残る影取、鉄砲宿を過ぎた大鋸(だいぎり)の
辺りにある松並木です。

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3kmほどで「遊行寺一里塚」につきました。
一里塚の標柱は下り坂の途中、道路右(進行方向に向かって)の
土手1mくらいの高さの所にたっています。

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一遍上人がおこした時宗の総本山・遊行寺山門手前の遊行寺橋です。

旧道へは県道30号の坂を下ってきて、国道467号との藤沢橋交差点手前を
遊行寺側へ右折、「鬼平犯科帳」にも出てきたわーい(嬉しい顔)「日本三大広小路・
大鋸広小路」を通ります。
その先、右が遊行寺の黒門(山門)で左がこの橋になります。
橋を渡って右へ。

ひらめき現在の藤沢橋は関東大震災後にできたもので、この大鋸広小路の
部分は旧東海道歩きで見落とされがちなポイントだそうです。

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藤沢本町郵便局近くにある藤沢宿・蒔田本陣跡。

この先、白旗の交差点右側に白旗神社が見えます。
その手前の交番やマンションまわりに源義経の首塚や首洗い井戸があります。

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四ツ谷の交差点でR1と合流し(進行方向は左)、道路右(北)側へ
渡っておきます。
建物つきで不動明王像つきの大山道への石碑があります。

少し先に「辻堂一里塚」の標柱、江戸から13里です。

この先の二ツ家稲荷境内には1670年に建てられた庚申塚があります。

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辻堂から茅ヶ崎へは断続的に美しい松並木が見られます。

茅ヶ崎駅前の手前にある一里塚交差点に残る一里塚です。
「茅ヶ崎一里塚」江戸から14里。
道路左手に塚の形のまま残り、塚の上に石碑と説明板があります。

平塚方面相模川へ向かう途中には、第六天神社(道路右)、
南湖の鳥井戸橋交差点に左富士の碑(左)、同じ交差点の右には
鶴嶺神社の赤い大鳥居などがあります。

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左富士というのは、京に向かう東海道筋では珍しい進行方向左手に
富士山が見えるポイントです。
碑で富士山が隠れてしまってますが、うっすらと富士山が見えました。

茅ヶ崎と平塚の境にある相模川(馬入川)。
昔は現在の位置よりもやや東側(たぶん現在の小出川)だったようです。
関東大震災で古い橋脚が露出し、今は新湘南バイパスの下辺りに
保存されていると聞きましたが見つけられずに馬入橋へ向かいました。

ひらめき原宿−平塚区間はコンビニが多くあり、休憩に
不自由しないのがとってもイイです。

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2009年03月18日

旧東海道歩き4(小田原)

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東海道小田原宿に入ります〜。
小田原は至るところ、立派な石柱(標柱)に歴史を刻んでいます。
ここはその入口です。

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浜町歩道橋の左側、階段で歩道が狭くなっている側に「江戸口見附」と
「小田原一里塚址」の石柱があります。
江戸から20里。

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道路をはさんで反対側にも「江戸口見附」の標柱があります。
見附はもともと街道をはさんで両側に柵(門?)が築かれているので
その両方を示しているのかもしれません。

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旧道は新宿の交差点を左へ。
右側次の道を右折です。
かまぼこ店の看板がたくさん並ぶ道を進みます。

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かまぼこ店が並ぶ道にたつ「万町(よろっちょう)」の石柱。
どこも旧町名はすべて石柱に刻まれ、その町の特色も書かれています。
「万町」はむかしから「よろっちょう」と呼ばれていたそうです。
よろずが縮まった言い方なのでしょうけど、可愛いるんるん

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明治天皇行在所跡。
青物町の交差点を過ぎて少し行った左側にある小さな公園のような所です。
ここは清水金左衛門本陣跡で、小田原にあった4軒の本陣の筆頭だったそうです。

通り少し手前にある古清水旅館は脇本陣だった所で、4軒は通りに面して
並んでいたそうです。

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本町の交差点でR1と合流し直進します。
交差点の角、左側に「なりわい交流館」という無料休憩所兼観光案内所が
ありました。

昔の網問屋の建物を再建整備した「出桁造り(だしげたつくり)」という
典型的な商家の建物なのだそうです。

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通りを進むとまた趣のある建物が。
ガラス越しに中をのぞくとドラッグストアで見慣れたものが並んでます。
現役の薬局です。

小田原には「まちかど博物館」ののぼりがたつお店があって、
歴史的なものも見られるようになっています。
この薬局の手前の呉服店もそうで、染めのミニ博物館がありました。

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道路の反対側にはミニお城のような建物が見えてきます。
知らなければ何なのか気になる建物ですが、ここが小田原宿名物、
薬のういろうのお店「ういろう本舗」です。

薬は仁丹のようなもので、14世紀に日本に亡命してきた「陳外郎さんの
万能薬(透頂香)」だとか。

ういろうって「ナゴヤはええよ〜♪」と名古屋の和菓子のイメージが
ありますが、それもこちら外郎家の来客用のお菓子だったそうで、
ここの番頭が名前を使うことを許されて名古屋で売ったのが、名古屋の
ういろうの始まりだそうです。

お店にも入ってみたかったし、透頂香も買ってみたかったけど
時間がないので素通りしました。
(薬は買えない場合もあるそうです)。

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早川口にある旧小田原駅の碑です。
電車の時刻を考えて、2回目の旧東海道歩きはここまで。
ここから歩道橋を渡ってJR小田原駅へ向かいました。

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小田原駅近くの歩道にあったタイルです。
可愛いタイルが各種ありました。
かごやさんかと思って撮ったら、大名行列か何かの長持ちを持ってる姿ですね。

小田原はとっても郷土愛を感じる街でした。
予想外と言ってはなんですが史跡めぐりゴコロをそそる街だったので
機会があれば下調べをちゃんとして、もっと回ってみたくなりました。

小田原城もずっと前に来たきりで、あまり記憶にありませんあせあせ(飛び散る汗)
そういえば小田原城にあったという、天変地異が起きる前に鳴る(鳴く?)
蛙石も見てみたかったのでした(どこかのお寺に移されたと聞きました)。

2年ぶり2回目の旧東海道歩きは歩行距離約21〜24km、
ピカチュー万歩計の歩数は大磯駅〜小田原駅で約36900歩、
所要時間6時間半でした。

次は行けて畑宿くらいまでかなぁ。

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2009年03月17日

旧東海道歩き3(国府津−小田原)

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国道沿いに歩いて、11時頃に国府津駅手前にあるコンビニで休憩。
予想よりもはるかに時間オーバーしています。
迷う道もないので、ここからは少しペースアップしました。

国府津I.Cがある森戸川をこえて200mほどで一里塚です。
小八幡3丁目の信号近くの左側にある「小八幡の一里塚」の説明板。
江戸から19里です。

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海抜が低いせいか、たまにしか見えない富士山です。
春めいた天候でくっきりとは見えないのが残念。

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酒匂中学の近くに酒匂不動院という妙に気になる不動尊がありました。
成田山不動明王小社とあり、「ヤル気不動の滝」とか「延命の水」とか
たくさんの各種動物の石像やら招き猫やら…盛りだくさん?
詳細不明で気になりましたがちょっと入りづらかったので今回はパス。

ほぼ道路向かいに浄土宗の大きなお寺があり、その横に立派な門と
黒塀が続く建物がありました。
気になってカメラ越しにみたところ、養護施設の看板があったので
お寺が運営してる施設かなと思って撮影せず。

このあたりにあるはずの「川辺本陣みつからなかったな〜。
きっと説明版か碑だけで見逃したのね」なんてのんきに思ってたら。
帰ってからその建物が「旧川辺本陣」だったと知りました。がーんふらふら

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その先にある連歌橋を渡っていよいよ酒匂川です。
2級河川ですが広いです。
白サギや鴨、カモメみたいな鳥がたくさん。

昔は橋ではなく、渡し舟や徒歩(かち)渡しでした。
なので、旧ルートは橋を渡ってから渡しあとへ行って旧ルートを
たどります。

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調べた旧ルートには橋をおえて右側、土手にすぐにおりられるように
書かれてましたが、トヨタのショールームのフェンスがぎりぎりまで
つけられていておりられません。
(左側は高校のフェンスが続いてます)。

トヨタの先にあるエッソ手前の小道へ右折、次を右折して川まで。

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橋から70mのところが渡しのあった所だそうですが特に何もないようです。
土手側にあるのかもしれませんが、川の土手で禁止されているゴルフ練習を
している人がいたのであきらめました。

写真左側の緑は遊歩道になっています。
二宮尊徳の表彰の地という石碑がありました。
近くのベンチでお昼休憩です。
前回はおにぎり持参しましたが、今回はコンビニおにぎり。
時刻は予定よりもはるかに遅い1時近くになってましたあせあせ(飛び散る汗)

来た道が旧道なので戻ります。今度はエッソの裏をそのまま直進。

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旧道はR1の城東高校前交差点を国道をまたいで直進です。

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直進してみつけた、橋の欄干。
反対側の欄干からは小さな川がみえますが、こちらの川は地下。
石の欄干を残しているのは微笑ましい感じがします。

すぐに突き当たりになり、右折すると旧ルート。
左から裏の道に回りこんだ先には新田義貞の首塚があるそうです。
時間がおしてるのでパスしました。

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R1へ道なり合流して500mくらいで、右側に山王神社があります。
江戸初期に海辺からここへ移った「星月夜の社」とも呼ばれる神社です。
鎌倉十六井のひとつ「星月夜の井戸」と同じ名前の井戸があるそうです。
こちらもまた機会があったら今度ゆっくり訪れたいところです。

小田原宿の入口は目の前。
足が…膝の裏が…だんだん辛くなってきました。
時間的に箱根湯本はあきらめたものの、風祭くらいまでは行けるかなと
考えながら小田原宿へ。

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旧東海道歩き2(二宮−国府津)

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大磯駅を出発して道を間違えたりで約1時間経ってます。
それでもちょっと寄り道、二宮駅へ。
R1を右折してすぐです。

駅前に立つ「ガラスのうさぎ像」、1度見てみたかったんですね〜。
映画化もされた、12歳の少女が主人公の同名小説は著者の自伝。

焼け野原になった東京の自宅跡から、ガラス職人の父が作った
ガラスのうさぎが半分溶けた姿で出てきたものを腕に抱いてます。
空襲で母と妹を失い、親戚のいる二宮へきていた主人公は、迎えにきた
父と二宮駅で機銃掃射にあい、父を亡くします。

駅にいた汽車待ちの人々が犠牲になった「二宮駅機銃掃射事件」。
ガラスのうさぎ像はこの記録(戦争のおろかな記録)を風化させない
役割も果たしているのですね。

少女像のうしろにみえる石碑は二宮駅近隣の開発整備に尽力したという
「伊達時彰徳碑」。

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R1に戻って1kmほど歩き、旧道へ。
吾妻神社前をR1から右に入ります。

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「旧東海道の名残り」、分岐の目印がちゃんとあります。
道なりすぐの右側に、古い趣のある建物の醤油会社が。
酒蔵みたいな感じです。
写真に撮りたかったのですが、お仕事中の人がたくさんいらしたので
あきらめました。

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旧道の目安は等覚院という真言宗のお寺です。
途中にある、道路にぽつんとたつ石柱。
橋の名残りですね。

R1への合流地点に近隣の道祖神を集めてまつられてる石仏群がありました。

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R1を歩いて1kmに満たない押切坂上からまた旧道へ。
R1の川匂歩道橋手前から左に入ります。
この分岐の緑地にも「旧東海道の名残り」の標柱があり、その奥に
一里塚があります。

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二宮一里塚です。
江戸から18里。

往時の街道の両脇にあった一里塚は、北側(今のR1側)が3.6mの塚で
ケヤキが植えられており、南側は3.3mの塚で榎が植えられていたそうです。

以前、茅ヶ崎の一里塚で片側だけ残っている塚の大きさに驚きました。
ここにも大きな塚と目印の木があったのですね。

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旧道(左側)には松屋本陣跡の標柱と説明板があります。
民家の庭先ですが、松屋本陣を営んでいた家のお名前でした。

このあたりは「梅沢の立場」としてにぎわった所なのだそうです。

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押切坂を下ってR1と合流し、国府津へ向かう途中にあった
「史跡・車坂」の標柱。
道路の反対側で説明がよくわからないのですが、源実朝など3人の
和歌が説明板に書かれているようです。
…有名なんでしょうか、車坂exclamation&question

この先は酒匂川を渡るまでR1を歩きます。
まだまだ元気です。

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2009年03月16日

旧東海道歩き(大磯−二宮)

2年ぶりに旧東海道歩きをしてきました。
前回(戸塚区原宿から大磯鴫立庵)の続きで大磯から出発。
本日のゴール予定は箱根湯本でしたが、歩けるところまで
(帰りの予定の電車時刻に間に合うところまで)として
結局、小田原(早川口)がゴールとなりました。

準備段階で地図に記入してますが、現実には旧道を探したり道を間違えたりします。
説明などをメモったりもして、予定よりも時間がおしてしまいました。
歩行距離は約21〜24km。歩いた時間は約6時間。

ひらめきぽちの東海道歩きのシバリは「旧ルートに出来るだけ忠実に」
「一里塚(址・碑・説明板)を撮影する」です。
(前回は「犬連れ」もありました)。

ひらめき文章の「左右」は江戸から京に向かう方向での左右です。

1kojimahonjin.JPG

大磯駅から国道1号線(以下、R1)に出て、鴫立庵までは重複しますが、
前回見つけられなかった本陣の標柱などを見て歩きました。

小島本陣の説明板は本陣あとに建つお蕎麦屋さんの前、標柱は横にあります。
大磯宿には小島・尾上・石井と3つの本陣があったそうです。

2onoehonjin.JPG

少し先に尾上本陣の標柱。
石井本陣に関係のあるものは見つけられず。

高札場、問屋場あとなどもあります。
どれも道の右側ですが、この先にある鴫立庵や上方見附あとは左側になります。

3matunamiki.JPG

鴫立庵の先、東海道らしい松並木の道になります。
まつぼっくりがたくさん落ちてました。
こんな時期に落ちるんでしたっけ?
(吉本新喜劇・小藪千豊ネタ「松ぼっくりいらんかえ〜、1個2円、
3個で5円」をするために拾おうかと思ったけどやめましたふらふら)。

4nenrin.JPG

松並木の途中、樹齢217年の松の年輪が。
松並木は整備されて400年だそうで、この松は平成6年に虫の被害で
伐られましたが、こうして東海道の歴史を伝えることになりました。

ぽちが頻繁にこの道をバイクで通っていた頃はまだ立派な老大松だったようです。

5sorokaku.JPG

滄浪閣(旧伊藤博文別邸)は保存の為の工事中。

6siroyama.JPG

旧道へ向かうため、R1から右の大磯城山公園へ向かう道へ。
すぐに城山公園入口があります。
大磯駅から1時間、入口近くのベンチで最初の休憩〜 トイレも。

7bunki.JPG

城山公園沿い道なりから、左へ分岐します(本郷橋より手前)。
道を間違えてウロウロ、道を探してウロウロしたぽちあせあせ(飛び散る汗)
分岐後の旧道は道なりで国府新宿まで、途中で宝前院という真言宗の
お寺の前を通ります。
一里塚もR1合流手前に。

8ichiri.JPG

江戸から十七里の、国府本郷の一里塚。
R1と併走している並木の中にあります。
(大磯プリンスホテル前バス停より手前)。

この先、国府新宿でR1と合流。

9zamondo.JPG

国府新宿の県道側にある「国府祭座問答の標石」。
大化の改新で当地の2つの国が、相模の国という1つの国になり
2つの国それぞれの1の神社(一之宮)が、どちらが相模の一之宮に
なるかでもめて、見かねたまわりの神社が「来年まで」と
先送り解決をはかったことにちなむ様子を石であらわしたのだそうです。

これは「総社・六所神社」。
ちなみに「一之宮・寒川神社」「二ノ宮・川匂神社」「三ノ宮・比比多神社」
「四ノ宮・前鳥神社」「五ノ宮・平塚八幡宮」です。
先送り解決策はうやむやにされてしまったようで、今でもずっと
相模一之宮は寒川神社ですね。

比比多神社って知らないのですがどこにあるんでしょう?
(六所はここ、川匂は二宮、前鳥は平塚)。

10rokusho.JPG

こちらが六所神社入口です。
5月5日のお祭り(国府祭)では6社のおみこしが担ぎ出されます。
座問答も5月5日。

11siomi.JPG

二宮郵便局あたりからの下り坂になると、箱根の山々がくっきりと
見え出します。双子山が目立ちます。
下りきったところが塩海橋で、右側に「塩海の名残り」の標柱が。
(ゴミの集積場が目の前…)。

海水から塩を精製していた場所で、このあたりは江戸時代も
塩年貢という塩で年貢を納める制度があったそうです。

この先、二宮駅へ寄り道〜。
まだまだ元気ですわーい(嬉しい顔)

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posted by ぽち at 23:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 旧道を歩く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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