2012年09月29日

泉区の石塔・石仏43(和泉町)

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泉区和泉町4417にある稲荷社。
長後街道の信号、和泉交番前と和泉団地入口の間にある
(和泉団地入口のすぐそば)、和菓子店「風月」の真裏です。

鳥居の内側に4基の石塔・石仏があります。

0928inari1.jpg

整然と並んでます。
向かって左から、庚申塔・庚申供養塔・念仏塔・双体道祖神。
庚申塔と庚申供養塔は道標にもなっているので、
他にあったものをこちらへまとめたようです。

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庚申塔。山状角柱型で文字のみ。建立年:文化十一年(1814年)。
向かって左側面に「相州鎌倉郡和泉村」「西大山道」、
右側面に「文化十一年九月吉日」「東とつかミち」とあります。

0928inari4.jpg

庚申供養塔。山状角柱型。建立年:不明。
正面に「二月吉日」、向かって左側面に「西大山道」。

角柱の下部に台座があるタイプで、三猿が彫られてます。
向かって右側は縦に大きく崩れていて建立年その他読めません。

0928inari3.jpg

念仏塔。角柱型で上部角に丸みがあるタイプ。建立年:不明。
正面は僧体の刻像。光背があり左手に蓮の花をもち、蓮華に
乗っています。右手はよくみえません。念仏塔なので
阿弥陀如来でしょうか。

向かって左側面は上部が剥がれ落ち、「三月(二月)吉日」だけ
読めます。右側面には「相州鎌倉郡和泉村念仏講中」。

0928inari2.jpg

双体道祖神です。建立年:不明。
下半分埋まっています。
向かって右が髪を結い上げて簪をさした女性、左が男性です。

撮影日:2012年9月28日(金)

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稲荷社で立ったりしゃがんだりしながら写真を撮って、
携帯にメモ書きしていたぽち。
帰る時、風月隣りのコイン精米の陰から身体をのばして
こちらをうかがう警察官の姿が見えました。

ええ〜!?不審者ぽちあせあせ(飛び散る汗) 通報された?
道におりてバッグに携帯やカメラを仕舞いだしたら
姿が見えなくなりました。

危うく職質でもされるところだったんだろうか。
と思ったら、近くの和泉交番から出てコイン精米の陰で
交通取り締まりをしていた(ネズミとり!)警察官でした。

秋の交通安全週間、陰に隠れて立ってるんでご注意あれ。
posted by ぽち at 10:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 庚申塔・石塔・石仏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月19日

泉区の石塔・石仏42(和泉町)

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和泉町4875辺りに建つ庚申塔です。
環状4号線沿い、上飯田交番前の信号をはさんだ向かいにあります。

向かって右側面、建立年の「享保十四年」(1729年)と
少しの文字が読み取れます。
左側面も「三」などが読めますが、裏面ともにブロックで囲まれて
よくわかりません。

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笠付きの青面金剛刻像。

skobanmae3.jpg

笠は普通型ですが、上部が大きいですね。
請け花になっているのかもしれませんがわかりません。

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一面六臂で、合掌、右手上は剣か棒状のもの、右手下は矢、
左手上は不明、左手下はたぶん弓です。
青面金剛の足の両側に二鶏がいます。

skobanmae5.jpg

ショケラか餓鬼を足下に踏んで、その下に三猿。

資料によると所在地は「和泉町4880」で「上和泉産業道路際」
とあります。微妙に脇道1本分、場所が移動したのか、住所の分筆か
わかりませんが、ほぼこの辺りに建っていたもののようです。
「享保十四年己酉年九月十三日」と読み取れなかった部分が
資料に載っていました。

撮影日:2012年9月17日(月)

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2011年11月20日

愛甲郡の石塔・石仏2(宮ヶ瀬・瀧神社)

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愛川町半原、県立あいかわ公園駐車場近くにある
瀧神社の入口に建つ庚申塔です。
大正に建てられたと銘のある瀧神社入口の石碑隣りにあります。

1120kosin2.jpg

表面の劣化が激しく、建立年ほか、よくわかりません。
お姿を見て最初は錫杖を持った地蔵かと思ったほど。
台座部分に三猿(正面では無く横向きです)がいたので
舟型の庚申塔と判断しました。

右手に三叉戟(だと思う、矛または槍)。
左手が…
これは肩からのびているヘビでも支えているのでしょうか?
あまり見かけない姿なので、細かい部分が見えなくなっているのは
残念です。

ウエスト部分に服のたるみかヒモ、またはヘビが描かれています。
他の(あるはずの)腕は見当たりません。

1120kosin3.jpg

台座部分の三猿。
横向き絵柄もわりと珍しめですね。
建立年がわかりませんが、たぶん古いのではないでしょうか。

1120fudo.jpg

瀧神社(瀧不動尊)の社と瀧の間に奉納されている不動明王刻像です。
近寄って見ていませんので詳細はわかりません。

右手に剣、左手に羂索をお持ちです。
火焔光背の彫りがダイナミック〜♪

撮影日:2011年11月14日(月)

参照過去記事(瀧神社):
http://tottokocubtaro.seesaa.net/article/236038718.html

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2011年11月11日

泉区の石塔・石仏41(和泉町)

1101kosin1.jpg

和泉町747の角(698の向かい辺り)に建つ庚申塔です。
過去記事「泉区の庚申塔2」で載せています。
http://tottokocubtaro.seesaa.net/article/108018108.html

以前は石塔背後に和泉第一町内会館の入口を示す看板と、
背後上部に「前田製作所」の表示看板がありました。

過去記事の写真をご覧いただくとわかりますが、以前は
石塔背面を見ることは不可能な状態でした。

1101kosin2.jpg

背後が更地になり(現在分譲販売中のようです)
背面を見られるようになったので撮ってきました。

駒型で三猿を彫った台座一体型の文字庚申塔は
背面が素掘りでした。
表面の年代等と向かって右の側面はぽちには判読不能。

向かって左の側面には「南 ふじ沢みち」「西 大山みち」と
願主名が読み取れます。

1101kosin3.jpg

写真を撮っていたら年配男性が話しかけてこられて、
他の近隣の石塔を教えてくだったので(どれも撮影済み)、
この近辺で見つけられないでいる石塔について尋ねてみました。
が、ご存知ないとのことでした。

探しているのは下和泉交番や下和泉小学校の南(または南東)に
あった庚申塔です。
ただその存在が書かれた資料では、この町内会館入口に立つものが
道祖神となっており、他にも不明な点がいくつかあります。

撮影日:2011年11月1日(火)

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2011年10月20日

青葉区の石塔・石仏3(甲神社)

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横浜市青葉区鴨志田町296の甲神社境内(参道脇)。
社殿側に建っている石塔・石仏です。

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凛々しい青面金剛の庚申塔の隣に大きな木があり、
その隣に建っている念仏塔。

笠付塔婆型。なぜか後ろ側に「南無阿弥陀仏」。
剥がれ落ちている側面、背面(参道側)は何も見えません。

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念仏塔の隣に庚申塔。 建立年不明。
舟型の青面金剛刻像で、鳥居寄りにある青面金剛と違って
六手の合掌していない四手は薄彫りになってます。

三角帽子に見える頭部はたぶんとぐろを巻いたヘビ。
上部に日月。
右手中と左手中は胸前で合掌、右手上・棒状のもの(たぶん戟)、
右手下・矢、左手上・宝輪(?)、左手下・弓(たぶん)。

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足元両脇にニワトリが1羽ずついます。
餓鬼を踏みつけているようです。その下に三猿。

推測ですが文化十三年のものよりも古そうです(デザインが)。

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「赤山大明神」「稲荷大明神」。
右側面に建立年「文久元酉九月」(1861年)、左側面に施主名。

赤山大明神って?
調べてみたら、京都にある赤山禅院のご本尊のことらしいのですが
天台宗修験道総本山管領所で祭神は中国赤山の泰山府君だそうです。

本地は地蔵菩薩で、名は(3つある)武答天神王・薬宝賢明王・牛頭天王。
(本地垂迹はある神がある仏の姿を借りてあらわれるといった考え・またはその逆)。
…牛頭天王ってスサノオもそうじゃなかったっけ?

1003kabus2e.jpg

こちらはネットで補強されている石祠。
お札は「稲荷」と書かれているように見えます。
神道系のものはよくわかりません。
まねきねことか… 石祠って遊び心(?)のあるものが
よく置かれているような。

青葉区の石塔・石仏2に甲神社の前半記事あり。
撮影日:2011年10月3日(月)

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2011年10月19日

青葉区の石塔・石仏2(甲神社)

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横浜市青葉区鴨志田町296の甲神社境内(参道脇)に建つ石仏群です。
大きな木の手前、入り口(鳥居)側の3基(+石碑・石祠)。

1003kabus3.jpg

鳥居に近い側から。
「氏子中」とだけ読めます。建立年不明。
屋根部分のない板碑型?

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「地神塔」山状角柱型(山状中央に丸いくぼみ有り)の文字塔。
右側面に「文政十丁亥年十月吉日」(1827年建立)。

左側面に「左リ 大山 ながつ(だ) 道」。
ひらがなは「だ」とは読めないのですが(「こ」に見えます)、
長津田のことを指しているのではないかと思いまして。


地神塔の隣に「紀念碑」が建っています。
放置されていた金久保溜池を戦中に一致団結して整備し直したという
ようなことが書かれていました。

その隣には壊れた石祠。

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壊れた石祠のとなり、石の階段と「奉納」された石の線香立ての
奥に建つ庚申塔。

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すばらしく凛々しい青面金剛刻像です。櫛型?(背面は素彫り)。
建立年は文化十三年(1816年)で、左側面に「文化十三丙子年九月 
東江戸みち」とあります。 右側面は「西 大山道」。

青面金剛の上部には日月。
六手の持ち物は、右手上・戟、右手中・剣、右手下・矢、左手上・宝輪、
左手中・ショケラ、左手下・弓。

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丁寧な肉厚彫りでセンスの良さを感じる庚申塔です。
特に、右手上で持つ戟はこんな風に立体的に彫られてます。

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左手中で持っているショケラ。
ショケラの髪を持ってぶらさげています。

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頭部は炎髪の中でヘビがとぐろをまいてるスタイル。
ウエストもヘビが何重かに巻いたベルトになってます。
(こういう言い方は変…?)

鼻が欠けているのがとても残念!
立ち姿もお顔もオトコマエ〜な青面金剛さんでした。
これを造った石工さんの他の作品も見てみたいです。

青面金剛の足の下部分は劣化してほとんど見えません。
三猿などが彫られていたのかどうかも不明です。
台石に「庚申講中」。

手前の石の線香立ては「天保十一子年十二月吉日」(1840年)に
「奉納」されたものです。奉納者の名前が連名でくっきりと
記されていました。

撮影日:2011年10月3日(月)

残りは「青葉区の石塔・石仏3」へ続きます。

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2011年10月18日

海老名の石塔・石仏1(国分寺跡)

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相模国分寺跡の講堂跡碑の裏手に2つ並んで建っている道祖神です。
何を勘違いしたのか、並んでいる写真はこの裏側のものだけ撮って
正面を撮り忘れていました。

0930ebido3.jpg

並んでいる向かって左側。
古いもののようで斜めに破損したものを載せ直しています。
「(道祖)神」「二月建(立)」「(講)中」の文字が読み取れます。

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右側は「昭和四十九年一月建之」とある道祖神の文字塔です。
建立者は「逆川講中」。

左の古い道祖神塔の復刻目的で建てられたのか、新たに
建てられたものかわかりませんが、復刻の多くは古い年代も
刻まれているので新たに建てられたものかも。

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新しい方の台座にこんな書き置き(?)が。
微笑ましく思ったのですけど、ちょっと考えたら誰に対しての
ものなのか疑問がわいてきました。こういうところでお賽銭を出す人って、
それがどうなったかとか気にならないんじゃなかろうかって。
それなりに有意義に使われてるって思うんじゃないかしら。


「逆川講中」の逆川って?と気になり、ちょっと調べてみたら
面白いことを知りました。
海老名を流れる目久尻川から分流して、途中から目久尻川と
逆向きに流れることからついたと推測される名前の川だそうです。

面白いのは、この川が大化の改新頃に造られた運河だったということです。
国分寺が建つより前ですね。

海老名耕地と呼ばれた水田の灌漑用かつ穀物運搬用として造られ、
平安中期まで使用され、船着き場や灯り塚とよばれる川の灯台などの
史跡があるようです。←見てみたい♪
現在は川のほとんどが埋め立てられているそうです。

撮影日:2011年9月30日(金)

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2011年10月05日

青葉区の石塔・石仏1(寺家ふるさと村)

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寺家ふるさと村、寺家町693あたりの角に建っている
馬頭観音の文字塔3基です。
道をはさんでカフェのおとなり。

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「馬頭観世音」
大正四年六月二十四日と大正六年十月十四日の2つの日付が入っています。

1003batou3.jpg

「馬頭観世音」
明治十四年建立。

1003batou4.jpg

「馬頭観世音」
建立年不明。

シロウトの勝手な見解ですが、昭和かな〜という気が。
彫りが浅くて、こういう劣化の仕方をしてるものが昭和のものに
多いように感じてるので。

街道の馬頭観音は道祖神的な旅の守護を願う要素もありますが
土地柄、動物供養のものと思われます。

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2011年05月06日

茅ヶ崎の石塔・石仏1(芹澤腰掛神社)

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茅ヶ崎市芹澤2129あたり、腰掛神社の入口に建つ庚申塔です。

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板状駒型の青面金剛刻像。
刻像の左右に彫られた文字は向かって右が「奉納庚申供養」、
左が「元文五庚申天」「十一月吉日」。
建立年の元文五年(1740年)の元号は、もしかしたら
読み間違ってるかもしれません。

kosikakes3.JPG

蓮の花のつもりと思われる椀状の上に立つ青面金剛の持ち物は
右手上が月、右手中が胸前で棒(刀?)、右手下が矢。
左手上が日、左手中が胸前で独鈷杵、左手下が弓。

上の両手で日月を持つ青面金剛をどこかで見た記憶があるのですが
どこの庚申塔だったか思い出せません。
ざっと過去記事探したけど見つけられなかった…。
根気良く探さないとみつからなさそう。

撮影日:2011年5月6日(金)

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2011年04月16日

泉区の石塔・石仏40(下飯田町・左馬神社のが変わってました)

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下飯田町1389にある左馬神社の石塔・石仏。
約1年半前に訪れた時と何か違うような…。
しかもどこか変な感じが…

帰ってから以前の写真とくらべ、違っていた部分がわかりました。

sabaisi2.JPG

こちらが2009年9月の状態です。屋根がありませんね。

建立年不明の不動明王刻像塔のとなりには、「供養塔」(たぶん庚申供養)と
「相州鎌倉郡」「下飯田村」が正面に刻まれた角柱の塔があります。
慶應元年(1865年)建立で、側面には世話人の名前も多く刻まれています。

この供養塔、屋根をのぞけば同じものです。

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コンクリートブロックで作られた台座におかれた上の2基の横には他にも
石仏が並んでいます。こちらは今の状態です。

向かって左から、舟型で半壊(下半分なし)の観音刻像、舟型の青面金剛
刻像庚申塔、箱型(隅切角柱)の観音刻像、箱型角柱で半壊(上半分なし)の
「観世音」(側面に「十年四月十●」「施主源右エ門」)文字塔。
すべて建立年不明です。

sabaisi1.JPG

こちらが2009年のもの。5基あります〜。
背の高い観音刻像塔と上部がない「観世音」文字塔の間に石祠が。

sabaisi5.JPG

石祠の位置にうつった今の観世音文字塔の台座部分、穴があいていて
不自然だと思ったのですが、石祠の台座か、何か別の石を台座として
文字塔を乗せなおしたものだったようです。

そして、1番上の写真の話に戻ります。
以前なかった屋根は、横にあった石祠の屋根を乗せたものだったのですね〜。

1年半前の写真でも何の塔があったのか不明な台石が文字塔のとなりに
ありました。そうやって壊れたら並べなおして来たのかも知れませんね。

でも角柱の供養塔に石祠の屋根はサイズもあってないからやめたほうが
いいような…。

よく屋根と台石だけの壊れた石祠を見かけますが、真ん中の部分は空洞
なので屋根の重さに耐えらなくなるのか、壊れやすいのでしょうね。
リサイクル(?)するより、そのまま(台石の上に屋根)の状態に
しておいて欲しいかと…。

撮影日:2011年4月15日(金)、2009年9月7日

関連過去記事:http://tottokocubtaro.seesaa.net/article/128023809.html

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posted by ぽち at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 庚申塔・石塔・石仏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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