2010年10月22日

成田山断食参篭・4日目

2010年10月14日(木)4日目

<断食の様子>

急に立ち上がると立ちくらみ、ほかにも急に動く体力・気力はありませんが、
3日目にくらべて朝から明らかに回復していることがわかりました。
胃の痛みやむかつきは消え、猛烈な眠気もなくなり、背中や肩のコリも
時間とともに解消されていきました。
3日目が体調不良のピークだったようで、長引かず、より悪くもならずに
すみました。

3日目の夜も体重落ちましたが、体重減少は4日目の夜までが大きかったです。
1日で1kg変わりました。

<4日目>

5時過ぎ起床。5時半から墓所の掃除。やや立ちくらみっぽいのはあるものの
いつも3日目朝に感じる腕があがらないとかは意外にもありません。体力復活?
掃除の後、そのままBさんと大本堂へ。Aさんは一旦寮へ。
ゆっくり女坂をのぼったところで雨が降り出してきました。
大本堂まで走る気力はなく、2人してちょっと濡れてしまいました。

6時からの護摩、今日の晨朝も貫主さまではありません。週休二日制?
昨日の護摩はじっと座ってるのがとても辛かったのですが、今朝はもう大丈夫。
普通に座っていられました。40分ごろ護摩が終りましたが、雨で数珠撫でも無し。
Aさんが2人分の傘も持ってきてくださってました。ありがたく受け取り、
ふと見るとBさんは常連さんのおばあさんと話されてたのでAさんだけ帰り、
出てくるのを待ってました。

結局、本堂前にある市川海老蔵と小林麻央結婚の記念ボードのところで、
一緒におばあさんのおはなしを15分くらい聞いてました。
門前でずっと美容院をされているとのことで、お話は興味深かったです。

ちなみに記念ボードはお灯明の横にあり、お2人の写真とサインが入ってます。
歌舞伎の成田屋市川宗家は初代団十郎以降、お参りや参篭修行などをされていて、
参篭堂(男子寮・受付)2階に修行時の写真がずらっと飾られているのを
見たことがあります。先日の結婚式は新勝寺での仏前(不動明王の宝前)式だそうです。

寮に戻ってからは寒いので布団に入って読書してましたが、ついうとうとと10時頃まで。
2泊3日だったBさんはこの間に満了されて帰られました。ごあいさつできずに申し訳ない…。
自分が2泊3日のときはめいっぱい長く感じましたが、人の2泊3日は短く感じます。
Bさんとはあまりお話する機会もなかったのですが、満了おめでとうございました。
入れ替わりで今日から6泊7日の新しい方(Cさんとします)も入寮されました。

境内へ散歩しようかと身支度していたらAさんも起きられて、いつの間にか
横浜中華街&関内の美味しいお店話で1時間ほどおしゃべり。
ぽちはあまり外食しなくなって15年は経つので、教えていただくばかり。
以前はお気に入りのオススメ店でも今もあるかさえ知らないくらい…。
ぜひぜひ、教えていただいたお店に行きたいと思います。

11時半から境内へ。大好きな平和の大塔2階明王殿でゆっくり過ごし、本堂側へ
戻ってきてから出世稲荷で絵馬を奉納しました。こちらの絵馬は会社の名刺が
貼れるようにもなってます。
人の絵馬を眺めているとご時勢がわかるというか、「就職できますように」という
絵馬の多さには可哀想になってしまいます。見ているこっちが他人事ながら
就職できたらいいねとお願いしたくなる気持ちになります。

12時45分から護摩の前の御祓い(お清め)があるので大本堂へ。
平日は法話はないようで、お清めとご真言の説明があり、1時から護摩。
今までは土〜月の2泊3日だったので護摩は9時から3時まで1時間毎だと
思ってました。平日は晨朝と9・11時、13・15時です。

1時半には護摩が終り、男子寮の方に聞いた光臨閣のステンドグラスを入口から
拝見させていただきました。お花や、不動明王の大きなステンドグラスは外からも
見えますが、中から見ると美しく迫力がありました。

仁王門の後ろに太鼓橋(っぽいですがゆるやか)があり、その下はカメの池。
両側とも真ん中辺りに中州という感じで岩の島があります。カメさん甲羅干し。
願をかけて硬貨を投げ、島にちゃんと硬貨が乗ったら願いが叶うのだそうです。
今回、初めて知りました。Aさんは7回チャレンジしたそうです。
ぽちも挑戦…1回目、島の真ん中に落ちたのに勢いあって跳ね返り池ポチャ。
2回目、勢いでないようにしたらちょっと届かず池ポチャ。カメさんに当たっても
可哀想なので狙いがつけにくいですが、3回目にして島に乗りました。ヤッター♪

時間つぶし的にぶらぶらして、3時の夕勤行へ。
15分!と超早勤行でした。修法道場を出て、Cさんと一緒に境内散歩へ。
成田山公園の池沿いから岩に腰掛けたり、雄飛の滝を見て1時間ちょっと、
おしゃべりしながら散策してました。いろいろな神社仏閣をまわられていて
オススメスポットを教えていただいたり。神話などにも詳しくて、久しぶりに
日本神話の話を人とした気がします。こちらへ来ると寺トモさんともいえる
そういう話が出来る人と会えて本当にうれしいです。

寒くなってきたので寮へ戻り、1時間ほど3人でおしゃべり。
Aさんは横になっていないと体が辛いという状態ですが、寝たままなら大丈夫とのこと。
ぽちは背中と肩にコリが出てきてましたが、夕方からそれも治ってきたようで
体調はかなりよくなってます。

おしゃべりの途中、門限前から洗髪・洗顔・清拭しました。
この時の室温は21度程度で、水での洗髪に風邪をひきそうな冷えを感じました。
6時半頃から布団の中で読書したりノートを書いたり。昔風の重たい掛け布団を
足にかけているととてもあたたかいのです。

9時頃から消灯の10時までまたCさんとおしゃべりしてました。
境内で聞いたおすすめスポットを書き留めたり。行きたい所がまた増えました。

断食参篭堂4泊目、最後の夜です。水飲み量は20杯クリアが精一杯のままですが
3日目の猛烈な体調不良からどんどんよくなってきた1日でした。
3日目が断食ピークだったようです。反面、ファンデを落すと目の下にクマが…。
デトックスは特に感じないままですが、今夜、体重が大きく落ちていました。
体調はたぶん心配なさそう。心配は明日荷物を持つ体力があるかどうかだけになりました。

成田山新勝寺の境内についてはHP参照してください「とっとこカブ太郎車庫」:http://tottokocubtaroshako.web.fc2.com/jinsonota2.html

成田山新勝寺公式HP:http://www.naritasan.or.jp/

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2010年10月21日

成田山断食参篭・3日目

2010年10月13日(水)3日目

<断食の様子>

3日目のキツさは早朝目が覚めた時から始まりました。
2泊3日では知らなかった強烈な1日。
立ち上がれば立ちくらみ、胃が縮むような痛みと気持ち悪さ。水が飲みたくならない。
微熱が出て動悸は激しくなるし、腕も足も重くなる…。

雨で掃除が無かったので、朝護摩で坐ってるのが1番辛かったかも。
それでも境内や書道美術館を歩き回り、おしゃべりもしてそれなりに楽しく
過ごせてました。なので当日はこれがピークとは思えず、まだもっときつくなるのかと
不安にもなりました。結果的にはこの3日目だけが体調不良デー、断食ピークでした。
1週間いたとしてもたぶん変わらなかったと思います。

<3日目>

はっと目覚めると午前3時40分。吐き気ほどではないものの、水を飲んだら吐きそう。
と、ちょっとじっとしてから横になりました。2泊3日ではなかったことです。
次にアラームで目が覚めた時には吐き気っぽいのは消えてました。ホッとしたのも束の間、
ハンガーにかけた服をとろうと上を向いたら立ちくらみが。

5時半集合は水飲みチェックもあり必須ですが、雨のため掃除は中止。
一旦寮に戻り、6時前に大本堂へ向かいました。案の定、女坂をのぼるのが辛くなってます。
それでも以前の3日目よりは早く歩ける気がしました。それなのに…。
護摩で眠くなるなんてなかったと思うのですが、今朝は猛烈に眠い・胃が縮む感じで
気持ち悪い・背筋をまっすぐ出来ない(胃痛のせい?)と、しゃんと出来ないままでした。

今日の晨朝は貫主さまではありません。それでも買ったお守りを入れたバッグを
護摩の火にかざしてもらい、お手綱参りもしました。この時も立ちくらみが。
護摩が終ると雨が止んでいたので階段前に並びましたが、「雨なのでいらっしゃいません」と
はかま姿のスタッフさんに声をかけられました。並んでいたおそろいの白衣を着た方々は
遠くからいらしてたようでお加持を受けられず、可哀想…。

2泊3日ならここで帰り支度(9時までにチェックアウト)となるわけで、この先は
未知の領域。寝ると体が動かなくなるという強迫観念があるのに、眠気におそわれて
2時間ほど布団にもぐりこんで寝てしまいました。
目覚めた後も起き上がる気力なく、布団の中でブッダの最終巻(12巻)を読みました。

11時、ブッダ全巻読み終わり、身支度してお散歩へ。
今回まだ訪れていなかった成田山公園の奥までと書道美術館へ向かいます。
書道美術館は種谷扇舟という書道家の特集展示がありました。
う〜ん、書道はわからない…

書道美術館脇の水琴窟に耳を澄まし、池のまわりを散策しながら浮御堂へ。
様々な外国の方とすれ違いました。浮御堂も外国の方でいっぱい。
池にせり出した浮御堂でボーっとするのが好きですが、写真のじゃまになりそうなので
そのまま竜智・竜樹・文殊の池の淵を歩いて雄飛の滝へ。

雄飛の滝は水がほとんど出ていない雌滝と、滝行の雰囲気ばっちりの雄滝があります。
しばしマイナスイオンを浴びて、今の身体にはきつい段差の激しい岩階段を
のぼって光明堂前へ出ました。

ここで2時前。かなりヘロヘロ状態になってきてしまいました。
微熱も出ているようで、妙な汗や少しの動きで激しくなる動悸、息切れ。
水を飲むのがきついという人の気持ちがわからなかったぽちですが、水飲みたく
なくなってます。胃もまだ痛みます。(これは上手く減食ができなかったから?)
知らない3日目は、知りたくなかったかもー!?弱気になってきました。

Aさんのお話によると、取り込めなくなったエネルギーを体内から調達する時に
熱が出るそうです。体内の脂肪を燃焼させる熱が発熱となるので、微熱が出るのは
中の脂肪が燃えてる証拠なのですって。ということは断食効果ですね。
脂肪を燃やしてくれるのはうれしいけど…ツライ!

寮に戻って民俗学系の本を1時間読み、3時の夕勤行へ。
男子寮に新しい方がお1人加わってました。
金剛合掌をして立ち上がるとクラクラします。坐禅でする五体投地は断食者には
きついので膝を軽く曲げるだけと夕勤行では説明されますが、本当に五体投地したら
倒れそうです。今日は45分ありました。お坊さんによって法話や説明の長さが
違い、かかる時間がかわります。

そのままAさんと境内散歩へ。
出世稲荷から、お土産店と易断所が円形に立ち並ぶ広場へ。この広場は行っては
行けないところかと思ってましたが、後に公衆電話の場所の話で行っていいと
わかりました。

小さな占いのお店がずら〜っと並んでいる(ちゃんと店構えがあります)のは
珍風景に見えます…。
Aさんは良さ気な易断所をすでにチェック済みでした。
行列をなしてた占い師さんのお店が2軒あるそうで。そのうちの1軒で見てもらうことに。

見てもらってるお客さんの他に1人いらして、そこに並びました。
気が向いたら、ぽんぽんとお話される占い師さんの見立てを書きます。
結婚前に新宿の母に言われたことと似てました。いいことも言われましたが、
笑える少々悪いことも。自分では当たっているか判断しにくい部分もありますが
概ね当たっていると思います。→成田山噴水公園前・荻原易断所

おしゃべりしながら、2人とも身体にキテいたのでゆっくり散歩。
5時半に寮に戻りました。
洗髪・洗顔・清拭で6時過ぎ、胃の痛みがなくなり、熱も下がってきたようです。
水もまた飲めるようになってきました。
髪が乾いてからは(ドライヤーは持ち込み出来ません)、布団の中で読書。
9時前に寝てしまいました。

1日目は40杯近く水を飲んでいたのに今日は半減しました。1日摂取量の目安、
20杯をなんとかクリアしただけ。
個人差はありますが3・4・5日目のどれかがきついと言われています。
Aさんは4日目もきついそうなので、明日よくなるかわからず、不安なまま
3日目のきつさを痛感しました。

成田山新勝寺の境内についてはHP参照してください「とっとこカブ太郎車庫」:http://tottokocubtaroshako.web.fc2.com/jinsonota2.html

成田山新勝寺公式HP:http://www.naritasan.or.jp/

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2010年10月20日

成田山断食参篭・2日目

2010年10月12日(火)2日目

<断食の様子>

2日目は朝の掃除でもまだまだ元気です。
境内は広く歩かなかったけれど、クラシックカーのラリー見物や、
写経も坐禅もできました。
午後、平和の大塔の最上部へのぼったあたりから、息切れしたりと身体が
ついてこなくなってきました。でも早く歩いたり階段を上ったときに
ダルい程度です。いつも3日目の朝にめっきり腕があがらなくなったりしたので
まだ大丈夫。水も30杯以上飲んでました。

「おなかすいた〜」と思うことはたまにありますが、あまり何かを食べたくなったり
食べ物のことをかんがえてしまうということはありません。
同室(になった)のAさんはどうやら食べ物で頭がいっぱいになるタイプだそうで
食べ物の話は部屋でしてました。

<2日目>

朝5時起床。今までは4月と9月に参加していたので起床は4時半、掃除が5時から
朝護摩(晨朝)が5時半からでした。10月は冬時間になり、すべて30分繰り下げです。
身支度して集合場所へ。まず、水飲み表のチェック&押印があります。水はお湯呑みで
1日20杯以上飲まないといけません。断食症状を防ぐためです。1時間当たり
1杯飲むごとに正の字で1本ずつチェックを水飲み表に入れておきます。
チェック後人数がそろったら、3人+管理人さんとで歴代住職の墓所を掃き掃除。
落ち葉がすごい〜。3日目の朝には辛くなる竹箒を持つ手もまだまだ余裕です。
掃除は10分程度で終り。水行場横の女坂から大本堂へ向かいます。

晨朝は1番えらい貫主さまが護摩をされるので、護摩木を買いました。
願い事と名前を書きます。係りの方が集められたのでてっきり朝護摩で焚かれるかと
期待してましたが、どうやら先に集まっている分から出しているそうで…残念。

晨朝は普通の護摩よりも時間が長いのです。足がちょっとしびれました。
護摩の火にはバッグをかざしてもらいます(身の回りのものを護摩の火にかざすことで
お不動さまから守ってもらえるというような話です)。護摩が終った後はお不動さまと
縁を結ぶ「お手綱参り」といって、内団にあがって5色のヒモをまきつけた手すりを
さわることができるのですが(とりあえず昨日やりました)、貫主さまに数珠撫でを
していただきたく、Aさんとすぐに本堂を出て階段前で並びました。

合掌して頭を下げると、貫主さまが数珠で頭をなでるお加持。どういうご利益が
あるのかは以前からわかりませんが、身を守ってもらえそうとかなんだかありがたいとか
そういう気持ちでいつも並びます。かなりご高齢と思える貫主さまが1人1人に
お加持をされて進まれます。
貫主さまはその後、女坂経由でおまいりをしながら光臨閣へ向かわれるので、
Aさんとその後をついていって寮へ戻りました。

新しい方が1名いらっしゃるそうなので、来られる前に窓側の部屋へAさんが移動。
おしゃべりが楽しいので、一緒に使うことにしました。
お布団が乾燥仕立てのものと交換される日とのことで、使ったものも押入れの予備も
カバーをはずして積んでおきました。管理人さんと業者の方が引き取っていきます。
その合間にブッダの続きを読んでいると気づけば10時。
管理人さんが今日門前で催されるイベントが始まってると教えに来て下さいました。

イベント、「ラ・フェスタ」というクラシックカーのラリーなのです。
毎年開かれるみたい。明治神宮を出発して成田山では交通安全祈祷のポイントだそうです。
総門前の道路を挟んだ信徒会館前がポイントで、参加車両は一方通行の参道から右折して
入っていきます。「総門よりも横の弁財天堂前の出口からならよく見える」と
管理人さんに教えていただいたので、道沿いにながめてました。

右折のために目の前で車が連なって停まったりするので、結構しげしげと車を
見ることができました。初めて見る車ばっかりです。
ベンツの銀色のロードスターを見て、ベンツでもこんなカッコイイのがあったのね〜と
見とれていたら、なんとドライバーは鈴木亜久里さんでした。

途中から見たので30分ほどでほぼ到着し終了、そのまま境内散歩へ。
平和の大塔の中へ入ろうと思って向かったら雨が降り出したので寮に戻ることに。
11時半から写経なのでそれまでブッダ読んでました。
新しく入られた方(Bさんとしておきます)は、成田山断食参篭2回目(2年半前)で
2泊3日の予定とのことでした。

11時半から修法道場の1室で写経。一緒に入った男性とBさんと3人です。
平和の大塔の写経場のように塗香、輪袈裟、経本から写経セットまで全て
そろっています。(以前は写経部屋はなく、寮の部屋で出来るように墨や硯、
筆がありました。筆ボロボロだったけど)。

般若心経の写経で約1時間。
一旦、寮へ戻ってまたブッダの続きを読んで1時間。
1時半から同じ修法道場で坐禅です。今回は説明も時間も短めでした。

雨は上がっていたので、2時から境内散歩。
平和の大塔、最上部まであがって五智如来を拝みました。この場所大好きです。
五智如来は中心に大日如来、南に宝生如来、北に不空成就如来(釈迦牟尼如来)、
東に阿閦如来、西に阿弥陀如来。ステンドグラスの天井下、円形に並んでいます。

でも最上部はとにかく階段をのぼるので着く頃にはやや息切れ…。
戻る途中になで不動という自分の身体の悪いところと同じ場所をなでると
ご利益(治る)があるお不動さまをなでて2階へ。
2階の明王殿も好きです。気持ちがとてもやすらぎます。

明王殿でゆっくりしたかったのですが、3時には夕勤行があるので急いで戻ります。
以前は朝護摩が終れば6時の門限までオールフリーでした。日常ではありえない
時間から解放された1日を過ごすことができましたが、今回は結構時間に
追われています。

3時から修法道場で夕勤行。30分で終了。
寮でブッダを読んだ後、また境内散歩。光明堂前の誰も居ない境内をぶらぶら。
真っ赤な夕日が木々の間から見えます。だんだんダルくなってきてますが
深呼吸してみると気持ちいい。

寮に戻ってからは門限6時に門にかんぬきをかけて門灯点灯。
泡のドライシャンプーで洗髪、洗顔、シートで身体拭き。
3時間ブッダを読んで、消灯前に寝ました。Aさんは身体がきつくなってきてる
そうで、読書しつつ休まれてました。

成田山新勝寺の境内についてはHP参照してください「とっとこカブ太郎車庫」:http://tottokocubtaroshako.web.fc2.com/jinsonota2.html

成田山新勝寺公式HP:http://www.naritasan.or.jp/

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2010年10月19日

成田山断食参篭・1日目

danjiki1.JPG
今までなかった断食参篭修行のリーフレット。表1と表4ページを開いてます。
坐禅や写経の写真が表4ページに載ってました。

danjiki2.JPG
中面。申込み方法、日課や規則などが書かれています。

2010年10月11日(月)1日目

<断食の様子>

前日までアレルギーの薬を服用していたため、思ったほどの減食ができないままの
断食となりました。1日目は朝から食べていません。断食参篭の受付後、口にして
いいのは「水」のみ。(参篭堂の寮の蛇口からのみ・井戸水だそうです)。
それでも初日は体力低下を感じることもなく、なので仁王門のある急な石段は
初日にのぼっておかないとのぼる機会を逸します。

初の新勝寺での坐禅をして、護摩を見て勤行もして、とりあえず境内を
歩き回っても「おなかすいた〜」と思う程度で、初日はきついことは何もありません。
門限6時以降も他の方と楽しくおしゃべりしたりして1日目は終わりました。

<1日目>

朝7時半頃に成田駅に着き、今まで通ったことの無い表参道開運通りへ。
通り沿いには干支の石造がずらり。辰も寅もどの干支も可愛いのになぜか、
羊だけが勇ましく怖い顔つき…と、お店はまだ閉まってますが楽しみつつ、
薬師堂の先にある藤倉クリニックへ向かいます。

断食前健診の指定クリニック・藤倉クリニックは7時半には扉が開いているので
中で待つことが出来ます。ぽちと同時に断食の男性の方がいらっしゃいました。
風疹でOUTの心配をしつつ、中に入ると内科がお休みの貼り紙が…ええぇ?!
先にいらしていた地元の方が「休みだって〜」とかおっしゃるので、断食希望の
方と「電話で確認したのに」などと心配が募りました。

8時過ぎ、看護師さんがみえて解決。整形外科の先生から断食前健診を受け、
風疹を疑われることも無く無事に済み、時間は押しましたが(参篭堂には
8時50分までに着くよう言われてました)、参篭堂には9時頃2人で着きました。
やれやれ…。これでめいっぱい募った心配が霧消しました。

参篭堂で管理人さんから案内と説明を受け、お支払い。
男性(63歳)も同じ4泊5日で7千円です。2泊3日で5千円、1日延長ごとに
千円追加で最長6泊7日まで。参篭者は男性は今日からの1人のみ、女子寮には
お1人前日からの方がいらっしゃいました。孤独にならずにすんでホッ。

前々回よりも前回、前回よりも今回と、規則が厳しくなっているようで。
規則というよりはやることが増えてるだけなのですが、今回は修行っぽく
写経や夕勤行ができる(勤行は必須)ようになってました〜。
しかもしかも!今まで機会の無かった坐禅に参加できることに。

泊まっている間使うシーツと枕カバーを持って女子寮へ。
アルミのトレイときゅうす(ミニやかん)とお湯のみも持って部屋へ。
前の方がチェックアウトされたあとで、窓側の部屋を1人で使うことになりました。
ラッキー。廊下が窓側をぐるりと囲んでますが、部屋は窓側とそうでない側とで
明るさが大きく違うのです。窓側の部屋の窓側の机を使うことに。

部屋は約10畳2間が1階と2階にあります。聞くと2階の使用は中止になったそうです。
断食でフラフラした身体に古い急な階段は危険とのこと。どうやら前回(2009年4月)、
ぽちと入れ替わりになった方が2階を使ったのが最後のようでした。
1間あたり4人が定員です。前回は4人で1部屋使い、布団でいっぱいの修学旅行の
ような状態でした。これも楽しかったけどね。

照明器具が新調されてて(夜、とても部屋が明るくなりました)、廊下や流しのフロアの
板張りもリフォームされてます。なんとなんと!お手洗い(個室が2つ)が洋式&
ウォシュレットになってるではありませんか♪後日、ウォシュレットになった喜びを
管理人さんに話したら、「喜んでくれてうれしいよ」と言われました(笑)
管理人さん方がウォシュレット改装の申請をしてくださっていたようで、最近工事された
ばかりのようです。

10時、前日からの女性(Aさんとしておきます)と新参の2人でお墓の掃除。
掃除は10分ほどで終わりましたが、11時から坐禅に参加できるので部屋で待機。
女子寮の本棚を物色〜。手塚治虫の「ブッダ」全12巻箱入りがありました!
1度読んでみたかった漫画です。早速手に…。他には大法輪や仏教関係の
ハードカバーなど、あまり前回と変わっていなさそう。興味を引いた本は民俗系の
ものくらいでした。大きな不動明王の総覧写真集は何度見ても見ごたえあるので
これはまた読むつもりですが。

11時過ぎからは水行場の裏にある修法道場で坐禅です。
一般の坐禅指導希望者(無料)がいらっしゃる時にご一緒できます。いつも希望して
ましたが縁無く、修法道場に入ったことがありません。ウキウキしながら修法道場へ。
中央には不動明王と二大童子、壁にずらっと阿字観の掛け軸と小机が並んでいました。

お坊さんがいらして合掌や五体投地の仕方、成田山新勝寺の歴史などの説明を受けて
坐禅開始。呼吸の数を数える数息観です。翌日も坐禅に参加できたのですが、
両日とも(別のお坊さんでしたが)「禅宗と違って呼吸の数を数える方法」って。
ぽち、建長寺も円覚寺の各種坐禅会もすべて数息観で指導されましたが…(汗)。
ちなみに参加した中では真言宗他派(定泉寺)の坐禅会のみ阿字観でした。

坐禅クッション(坐蒲)は曹洞宗などにある丸いタイプ。
半伽趺座で法界定印、深呼吸3回(鼻から吸って口で吐く・風息)してから
数息観で15分程度坐りました。最初はお坊さんのカウントにしたがって呼吸します。
これが早い!呼吸はゆ〜っくり深くしろといつも言われていたので焦りました。

12時前に坐禅が終り、境内散歩へ。
出来る限りすべての境内社へお参りするつもりでまわりました。
仁王門→亀の池(笑)→壊れ不動→本堂前香炉→一切経蔵→三重塔→本堂(ウインドー前)
→本堂裏(大日如来・虚空蔵菩薩・聖徳太子)→出世稲荷→釈迦堂→聖天堂→開山堂→
朝日観音堂→天満宮→額堂→三社(白山・金毘羅・今宮)→光明堂→奥の院→清瀧権現堂
・妙見宮→修行大師→平和の大塔(2階外から)→2時から本堂で護摩→本堂横の大黒さま→
太子堂→開運地蔵尊→水行場→断食参篭堂横の集合場所へ。

3時からの夕勤行にぎりぎりで戻りました。
坐禅をした修法道場で勤行です。お坊さんがいらしてまたお寺の説明や合掌などの仕方を
教わり、お経をよみます。開経偈、般若心経、不動明王ほか各尊ご真言、光明真言、
普礼の真言、普回向、私たちの誓い(という不動尊信徒の心構え)などです。
およそ45分。

このあとまたお散歩へ。
成田山公園をあまり奥まで行かずに歩いて、本堂前の石摺り不動をなでて、
総門近くにある大師堂、弁財天堂にお参りして、4時半過ぎに参篭堂女子寮へ戻りました。

介護用の清拭シートで身体を拭き、化粧を落し、すでにいつでも寝られる姿に。
7時頃まで日記を書いたりブッダを読んだり。
7時過ぎから消灯の10時までAさんと机を出しておしゃべりしてました。
民間での断食経験談を聞いたり、四国遍路したいね〜なんて話で消灯まであっという間。

消灯後は携帯デスクライトでブッダを読んでましたが、朝が早かったのですぐに
眠くなり、熟睡を超えて爆睡してたような…。

成田山新勝寺の境内についてはHP参照してください「とっとこカブ太郎車庫」:http://tottokocubtaroshako.web.fc2.com/jinsonota2.html

成田山新勝寺公式HP:http://www.naritasan.or.jp/

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2010年09月05日

六萬部寺・源頼朝奉納の経塚(函南町)

kyotuka1.JPG

柏谷横穴群の近くに建つ、王城山六萬部寺(日蓮宗)。
地図で「六萬部寺」という名前にひかれてやってきました。

創建は寛文年間(1660年代)とのことですが、なんと!訪れてビックリ、
源頼朝が納めた法華経6万部が眠る(?)経塚がありました。
お寺の名前はこのことに由来するのですね。

文覚上人が頼朝に富士山を見せた場所に建つ地神塔と同じく、偶然出会えた
史跡です。なんてラッキー。

kyotuka2.JPG

門をくぐると正面にどどーんとあらわれる経塚。
「源頼朝公法華経慶讃之経塚」と石碑が建っています。

法華経6万部って6万巻なんでしょうか。旗上げ前の、平清盛から言い渡された
「読経三昧の暮らし」の中で書くにもものすごい量、いえ、書けるのかな?と
思うほどの量ですね。

kyotuka3.JPG

裏側に近い横からのながめです。
頼朝の写経6万部がこの中に!と興奮してましたが、戻ってから調べると
どうやらこの塚は経塚ではなく、現在では古墳と判明してるそうでした。
残念!とはいえ、古墳でも十分満足ですけど。

kyotuka4.JPG

本堂です。

kyotuka5.JPG

扁額です。

kyotuka6.JPG

門の脇に建っていた石塔。「南無妙法蓮華経」「王城山」「法界萬霊」
「六萬部寺」とありました。表札みたいなもの?
側面には「十六世日理」、建てたご住職の名前でしょうか。

結果的には古墳で頼朝と関連ないかもしれない(納めた写経はどこかに
あったのかもしれませんが)塚でしたが、一応、頼朝の史跡として残されている
場所を訪れることができて幸運でした。

もっとゆっくり伊豆を回れたらこういう出会いが沢山ありそう…
バイクで回れたらいろいろ探せそうなんですけどねぇ。

田方郡函南町柏谷430
撮影日:8月20日(金)

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2010年08月31日

北條家歴代墓所・成福寺(伊豆の国市)

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晴雲山成福寺(浄土真宗東本願寺派)。
北条時政(政子の父)の父・平時家は在庁官人でその持仏堂(天台・真言宗)が
あったとされる場所に、執権8代・時宗の子・正宗が父の菩提を弔う為に建立、
正宗の子が修造したお寺で、北条家歴代の墓所があります。
門柱にも「北條氏菩提寺」と刻まれています。

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鎌倉は浄土真宗のお寺が少なく(鎌倉に建てることを許されなかったと聞いた
ことがあります)、北条氏の墓所が浄土真宗というのは不思議な気がしたのですが。
執権3代泰時の子・泰次が親鸞聖人の門弟となっており、小袋谷(鎌倉市)に
鎌倉成福寺を建てているそうです。知らなかった!

そして、正宗は親鸞聖人の孫で本願寺第2世の如信上人の直弟子として、
先祖の持仏堂があったこの地に成福寺を再興したとのこと。


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ご本尊です。もちろん、阿弥陀如来です。

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境内には230種300鉢の蓮があるそうです。1ヶ月遅かった〜。

境内墓地にある小さいほうの築山に正宗と両親のお墓があります。

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両親の遺骨は鎌倉からの分骨だそうです。両親はもちろん、執権8代・時宗と
東慶寺開基の覚山尼。
分骨かどうか、気になってました。解決v

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通路をはさんで少し大きめの築山には「北条氏歴代墓所」があります。

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浄土真宗の墓石には名前を刻まないのですよね。
新しいものと見られる「無量寿」の墓石。まわりには古い時代からと思われる
無縫塔や五輪塔ほか石塔が並んでいました。

小袋谷の成福寺に行きたいexclamationグーグル地図で場所をチェックしたら、
友達の友達の家でしたがく〜(落胆した顔)そういえば浄土真宗のお寺だったわ。 
この家(お寺)に泊まりにいったときの心霊チックな話を聞いたこともありました。
こちらのそばの踏み切りと、すぐ近くにある刑場だったところのそばの
踏み切りもアレな話を聞いたりしたっけ…。

静岡県伊豆の国市四日町981
無料駐車場あり
撮影日:8月20日(金)

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2010年08月28日

伝堀越御所跡(伊豆の国市)

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室町時代の堀越御所があったとされる場所です。
堀越御所というのは、時の将軍(8代)足利義政が室町幕府の反勢力を
おさえるために鎌倉公方として派遣した兄の政知が、鎌倉入りを阻止されて
韮山にかまえた居館です。(説明板読むまで「鎌倉に入れなくて」というのは
知らなかったぽち)。

鎌倉時代の北条氏の広大な敷地の1部に建てられていますが、1493年、
政知のあとを継いだ子の茶々丸のときに、後の北条早雲によって堀越御所は
襲撃され滅びました。

今は緑が広がってるだけで、遺構も何もよくわかりません。

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こういう遺構が20回に及ぶ発掘調査でみつかっているそうです。
工夫を凝らした池の様子が石組みなどからわかるのですって。

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遺構からわかった地図(見取り図)です。
建物の場所は今でも特定されていないそうです。

説明板にあった茶々丸の可愛らしいイラストを撮ってくればよかった〜。
先の記事にも書いたけど、俄然興味が沸いてきた足利茶々丸。
でも調べたらやっぱり………な人っぽいたらーっ(汗)(父親に座敷牢に入れられてたような人)。
ただ、願成就院で自害というのは今では否定されてるようです。
再起をはかったけれども結局5年後に立て籠もった城で、また北条早雲に
攻められて死んだとか。

伊豆の国市四日町939あたり
撮影日:8月20日(金)

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2010年08月27日

北条政子産湯の井戸(伊豆の国市)

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守山ふもとの無料駐車場に車をとめて、北条政子産湯の井戸まで歩きました。
近くには堀越御所跡、北条氏歴代墓所がある成福寺があります。

井戸への曲がり角には「尼将軍北条政子産湯の井戸」と刻まれた石柱が
建っています。そこからはまっすぐ。
つきあたり、民家の玄関先に井戸はありました。ちょっとビックリな場所です。

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政子さん、八月生まれなんですね。獅子座?旧暦だから乙女座か天秤座かな?
イメージ的には獅子座ですねぇ(笑)

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産湯の井戸。のぞいてみます。

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少しですが今でも澄んだ水があるので湧いてるのでしょうか。

産湯の井戸といえば、天智・天武・持統天皇の産湯に使った井戸というのを
見たことがありますが、古い時代の人の産湯の井戸が今でも残ってるって
すごいし、いいなって思っちゃいます。
井戸そのものがそれだけの年月残ってるってことも。

伊豆の国市寺家23~29あたり
撮影日:8月20日(金)

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2010年08月26日

北条時政の墓所・願成就院(伊豆の国市)

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北条氏執権初代の時政(北条政子の父)が建立、三代に渡って造営拡大した、
天守君山願成就院(高野山真言宗)。
北条氏の氏寺として建立したとも、頼朝の奥州征伐戦勝祈願として建立したとも
伝えられています。
現在の願成就院を中心に裏山や近隣一帯が境内だったようで、「国指定史跡・
願成就院跡」の碑が建っていました。

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国道から入った道は途中から参道のようになっていて門にたどりつきます。
門の横には古い石塔が並んでいました。凡字が刻まれたものが多めでした。

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門を入ると正面に大御堂が見えます。

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大御堂の隣に建っている茅葺の建物が本堂です。最初、大御堂が本堂で
こちらは庫裡かと思いました。寛政元年(1789年)に建立されたもの。

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大御堂に向かって左に入ると古い石塔石仏が、修学旅行の記念写真みたいに
ぎっちりと何重にも並んでいました。表面がほとんど読み取れないものばかり。
その奥に鐘楼と墓所があります。

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「北条時政公御墓」。往時は壮大華麗な大寺院だったそうですが、北条氏の
墓所としては初代のものだけなのですね。

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北条氏のお墓はひとつですが、境内裏側には悲劇の(?)鎌倉公方、足利茶々丸の
墓所もありました。後の北条早雲に攻められて近くの堀越公方御所から逃げてきて、
このお寺で自害したと伝えられている人ですね。
ぽちの茶々丸(ネコみたい…って本末転倒かたらーっ(汗))の印象は、継母と腹違いの弟や家来を
相続と保身のために殺害するような人なんですが、堀越御所の案内板にめっちゃ可愛らしい
美少年のイラストがあって、ちょっと興味がわいちゃいました。

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大御堂の扁額です。有料で中を拝観することができますが、人を呼びに行くのが
面倒だったのでガラス越しに拝観しました。

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ご本尊の運慶作の阿弥陀如来坐像です。
帰りに案内板を見たのでこの時は運慶作だとは知らずにいましたが、
ご本尊両隣の仏像に目が釘付け。

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向かって右側に立つ毘沙門天像です。すごくカッコいい〜。

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特に目が釘付けになったのはこちらのお不動さま。迫力、かっこよさ、たぶん他の
要素もあるのか、目というよりも魂が吸い寄せられてしまいました。
こちらが旗上不動尊なのでしょうね。

ちなみに、阿弥陀如来坐像、毘沙門天像、不動明王像と両脇の二大童子像
(制咤迦童子、矜羯羅童子)の五体すべて運慶の真作だそうです。

ぽちはあまり仏像の造形にこだわりません(知識もありません)。
良さのバロメーターはあくまで自分の感性だけです。拝みたくなるとかの。
1番良いと思うのは魂が吸い寄せられることです。こちらのお不動さまには
ドキドキしちゃいました。やっぱり作り手がスゴイってことなんでしょうか。

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境内にあった六地蔵。

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弘法大師像です。
こちら願成就院は真言宗、時政の息子・義時の墓所がある北條寺は臨済宗、
北条家歴代墓所がある成福寺(近くにあります)は浄土真宗…。
同じ一族でも宗派の好みはあれこれある…のかもしれませんね。

静岡県伊豆の国市寺家83-1 無料駐車場あり(少し)
撮影日:8月20日(金)

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2010年08月25日

北条義時の墓所・北條寺(伊豆の国市)

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伊豆の国市南江間にある巨徳山北條寺(臨済宗建長寺派)。
草創は治承年間(1177〜83年)と言われ、頼朝が源家再興を祈って
巡礼した三十三観音のひとつが本尊としてありました。
北条時政(政子の父)も挙兵前に100日間観音堂に籠って戦勝祈願したそうです。

その後、1200年に北条義時(時政の次男)が本尊として阿弥陀如来を
運慶に作らせて北條寺を創建。
幼くして亡くなった息子の供養のためで七堂伽藍がそろっていたとか。
1499年、鎌倉の建長寺により開山し、臨済宗の寺となりました。

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境内のソテツが伊豆って感じです。

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寺宝には北条政子寄進の牡丹鳥獣文繍帳があるそうです。

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モダンな扁額ですね。

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ガラス越しに拝観しました。頼朝も時政も拝んだという観世音菩薩坐像。
中に入れば運慶作の阿弥陀如来も拝観できたのかも。

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一般の墓地から「義時公の墓道」と刻まれた石碑のある石段をのぼったところに
夫妻のお墓があります。向かって右が義時、左が後妻の佐伯氏の娘のものだそうです。
実は、妻…誰なんだろうって思いながら訪れたぽちたらーっ(汗)妻、その他女いっぱいいるんですよね。

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北条政子は鎌倉だけでも3ヶ所くらいお墓といわれる場所がありますが、
そのうちのひとつに「北条義時のやぐら(墓所)」もあります。
複数のお墓って、何が納められているのか気になります。分骨とかなんでしょうか。

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境内にある六地蔵(たくさんいらっしゃいますが…)。
屋根が古い石瓦でふかれていると説明板に書かれていました。確かにめずらしいかも。

無料駐車場あり
静岡県伊豆の国市南江間862-1
撮影日:8月20日(金)

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