予約していたのが「一遍上人語録」と「一遍の語録をよむ」でした。
先に「立派な死」で一遍上人と時宗のことを読んでしまい、
実はちょっと興味が薄れてから読むことに。
一遍上人、時宗…
社会の教科書で鎌倉時代を勉強する時にほんのちょっぴり出てきますよね。
「踊り念仏」は子供にとって笑いのネタにすらなりました。
同じような遊行上人だった空也上人の、やはり何かしらの教科書で
目にしているはずの姿(煙管をくわえているような、口からでる煙みたいなのに
小さな仏がいくつものっかってる肖像)に、一遍上人のイメージを勝手に重ねてたぽち。
最近になって鎌倉三十三観音でまわったお寺の庭にあった一遍上人の大きな像の
インパクトに空也上人と全然違うと知ったくらい。
像から受けるイメージにごついな〜なんて思っていたら、出自は壇ノ浦で活躍した
河野水軍の統領格の跡取り息子。
武張っていてもおかしくない遺伝子ですね。
実際、子供の頃に出家し跡目を継ぐために還俗した後、親戚に襲われた際に
怪我しながらも相手の刀をとりあげたという強い人でもあります。
この一件で再出家することになるのですが、ぽちとしてはますます
「踊り」念仏をするイメージから遠くなっていきました。
そもそも一遍上人に興味を持ったのは、スマナサーラ長老の対談本か
禅宗のどなたかの著作物で、「一遍の踊念仏は認めることが出来る」というような
話があったから。
念仏宗とくくられる宗派を否定するスタンスの人が、踊り念仏の救済を純粋に
求める姿を語っていたからです。
三十三観音でまわったお寺の寺史でも、一遍上人に出会って宗旨替えをした
お寺の多さに驚いていたこともあります。
そのカリスマ性ってすごい!
で、ふと気づいたのが、うちから半径10キロ圏内にある藤沢の遊行寺。
時宗の総本山です。
横を通ったのは数限りなく、しかし1度も訪れたことの無いお寺
これはやっぱり調べてから行かなくては、と思った次第。
イメージの落差に興味が薄れたりしながらも、語録には「捨聖」の本領が。
「立派な死」の中で正木氏が書いていることを念頭におくと、より感慨深く読めたりします。
曰く、浄土宗をベースに真言宗・天台宗・修験道・禅・神道をおさめながらもどれも否定せず、
究極の立場として南無阿弥陀仏だけの絶対他力の信仰を確立したということです。
なんかね、信じちゃおうかなって気にさせられるパワーを持ってます。
その上、その信仰の為にすべてを捨てていく生き様が潔いのです。
カッコイイんだけど、同時にこの人の境涯の底流にあるせつなさも
感じさせられます。
それとは別に、遺言に現代でも共通するような切なさを感じます。
自分の葬儀の儀礼はするな、遺体は野に捨てて獣に食わせたらいいと遺言したのに
立派なお墓が建てられちゃいました。
一代限りという遺言も無視されて教団は存続していきます。
この時代から故人の遺志は尊重されないんですね…
まあ、それはいいとして(いいのか?)、近々カブ太郎で遊行寺へ
行ってみるつもりです。
ついでにどうでもいい話。
河野水軍や村上水軍のようなメジャーな水軍じゃないけど、某大名が持っていた
水軍をぽちはご先祖に持つらしい。
まゆつばだけど、瀬戸内のとある島にそういう人たちが移り住んだ所があって
そこ出身かつ、水軍の人たちの苗字なのは確か。
しかしその頃の水軍って海賊業で生計をたてていたんですよね。
海賊=泥棒・強盗…微妙だ!
「海賊王になる!」とか言ってる明るい人だったらいい(麦わらの一味…?)
「一遍の語録をよむ」梅谷繁樹著(NHK出版)
「一遍上人語録・付・播州法語集」大橋俊雄校中(岩波文庫)



ぽちさん、博識ですね♪
「麦わらの一味」が出てきたのでホッとしました。(笑)
麦わらご存知でしたか(笑)。
1度少年ジャンプにハマった者は離れては戻りを繰り返して
結局ジャンプから離れられないなんて聞いたことがあります。
はずかしながらぽちはその典型です(汗)。