2015年11月29日

安曇野の石塔・石仏2(穂高神社)

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安曇野にある穂高神社の敷地内に石塔・石仏が集められた
エリアがあります。

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安曇野を南北に結んだ千国街道のそばにある穂高神社。
千国街道は上杉謙信が日本海から塩を運ばせたことから
塩の道とも呼ばれています。
過疎になった地域に取り残された道祖神や二十三夜塔を、
人々の願いによって縁あるこの地に祀ることになったそうです。

安曇野の道祖神と違って、砂岩でできているため趣が異なります。

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お酒を持った夫婦。

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道祖神は村の人の守り神。
一般地域では境・塞を守る、道中を守るのが道祖神ですね。

守り神と同時に縁結びの神としても願いをこめて祀られてきたそうです。
それで夫婦仲良しな双体道祖神が主流なのですね。

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屋根がいいですね〜。

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屋根つきのこちらと。

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こちら。たぶん両方のことかと思われますが、違っていたら
こちらの道祖神。
北安曇野郡美麻村高出品生にあったもので、縁結びの道祖神として
信仰され、毎年1月15日に道祖神祭が行われていたものと
説明板がありました。

1月15日ってどんど焼きとか塞土焼きの行われる日ですね。
やはり塞の神に関係ある日なのですね。

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餅搗き道祖神(複製?)。
群馬県安中市に餅搗きをする道祖神と崇められてきた男女の
双体石像があり…と説明があったので本物ではないと思われます。
本物は寛政八年(1796年)の造立。

夫婦の睦事を杵と臼の餅搗きに見立て、夫婦円満の神として
祀られたもので、説明には道祖神に夫婦の餅搗き像を
思いついた江戸時代の庶民感覚に感心するとありました。たしかにね。

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二十三夜塔。
月待信仰の一種で月齢23の日に月待ちをする講(組織)が
供養のために建てたもの。

道々で「三」の文字が刻まれた石塔をいくつかみかけていました。
二十三夜や三夜講が盛んな地域だったのかも。

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おまけ。
近年できたというステンレス製の道祖神。
神社の駐車場そばに建ってました。
「健康長寿道祖神の像」だそうです。

撮影日:2015年10月23日(金)
穂高神社


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posted by ぽち at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 庚申塔・石塔・石仏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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