2015年05月06日

旧東海道歩き箱根越え5(割石坂〜大澤坂)

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県道732号線に出たところで道路を横断、坂の上り、右側に自然探勝歩道の続き、割石坂の入口が見えます。割石坂の名は曽我兄弟にあり、曽我五郎が富士の裾野へ仇討に向かう途中、刀の切れ味を試そうとここの大石を断ち割ったことからついたそうです。

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江戸時代の石畳がそのまま残っています。

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割石坂から畑宿までは約1km。坂はおよそ100mちょっと。石畳を味わいながらのぼります。

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石畳の旧道(自然探勝歩道)から県道732号線へ出る所に、接待茶屋があったことを示す説明板があります。箱根の接待茶屋は今もバス停などに名を残す三島側の施行平が有名ですが、こちらも同じ頃(文政七年・1824年に幕府から許可が出た)に設置されたようです。

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県道732号を横断し、1段高くなった歩道で緩やかな坂を上ると左手に旧街道の入口があらわれます。石畳の急な下り坂です。

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大澤の木橋。

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ふたつある木橋を渡り、また石畳の坂をのぼります。

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その坂が大澤坂。

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写真で見るより急な上り坂です。

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石畳のあちこちが苔むしているので雨上がりなどはかなり歩きにくそうです。

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個人的にはこの大澤坂が、今回歩いた東坂(関所より江戸側)の13坂で1番、往時を偲ぶ風情を感じて雰囲気に浸ることができた坂でした。

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坂をのぼりきると畑宿の県道に出ます。最初の石畳から約1時間半かかりました。

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接待茶屋跡の説明板のところに出ていた、箱根路の変遷について。古い順に、碓氷道→足柄道(奈良・平安)→湯坂道(鎌倉・室町)→旧東海道→国道1号線(現東海道)となります。

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おまけ。同じところに並んでいた須雲川自然探勝歩道についての説明板です。通学路…これが小学生の通学路だったなんて〜。やっぱり昔の人は子供のうちから健脚ですね。

撮影日:2015年4月19日(日)


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posted by ぽち at 21:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧道を歩く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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