2015年05月04日

旧東海道歩き箱根越え3(観音坂〜鎖雲寺)

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最初の石畳道から県道732号線の車道を歩き出し、右(崖)側下にホテル南風荘が広がるのを見た先、ホテルや天山湯治郷の入口表示がある交差点に観音坂の石碑が建っています。「登り二町許」とあるので220mくらいの坂ですね。…名前無くてもほとんど坂のような道ばかりなのですが…。

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箱根新道に接近するあたり、説明板だけあった葛原坂。

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須雲川の集落に入ります。

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集落を進むと道沿い左側に駒形神社。反対側の川向うにはバンガローのあるキャンプ場が見えます。昔、オートバイのツーリング仲間と泊ってますが、こんなに明るい感じだったかと広がる景色を見直してしまいました。

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駒形神社の先、左側に霊泉の瀧と鎖雲寺の石段があらわれます。鎖雲寺は元々、湯本にある早雲寺の塔頭のひとつでしたが、東海道が整備され賑わいだした寛永七年(1630年)に須雲川村へ移りました。

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鎖雲寺には浄瑠璃「箱根霊験躄仇討(はこねれいげんいざりのあだうち)」や講談などで知られた仇討もののモデルとなった飯沼勝五郎と妻・初花のお墓があります。この霊泉の瀧の前から振り返ると反対側の山に初花の滝と呼ばれる、初花が願掛けの水垢離をした滝が見えるそうです。関東大震災で見え方が変わり、現在は冬場の木々の葉が枯れ落ちている時期のみ見えるとか。

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無住寺と聞いていましたが、とても人懐っこいラブラドルレトリバーがつながれてました(スクーターあったので人もいらしたのかも)。

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比翼塚と呼ばれる勝五郎と初花のお墓。
仇討と霊験話をざっとまとめますと。時は天正年間(1573年〜1593年)、兄の仇を探して放浪中の飯沼勝五郎は現在の福島県で初花と恋に落ち、夫婦で仇討の旅を続けます。勝五郎は病のために足が不自由(いざり)になり、初花が箱車に夫をのせて旅をつづけ(子連れ狼の大五郎みたい)、なんとか箱根までやってきて箱根権現に仇討の願をかけます。満願の日が近づき、兄の仇と思しき相手がやってきます。二人についてきていた勝五郎の忠僕と初花が、箱車から出られない夫のかわりに仇討を挑みますが、返り討ちにあいます。それを見て、兄と妻の仇をとらなくてはと強く願ったところ、箱根権現の霊験で動かなかった足が動き、箱車から出て見事に仇を討ちとることができたという話です。

余談ですが… 「おしどり右近捕物車」という時代劇をご存知でしょうか。下半身不随になった元与力の右近(中村敦夫)が箱車に乗って悪に鞭をふるい、妻・はな(ジュディオング)が箱車を押して動かしまくって活劇してたのですが、子連れ狼の頃の作品だったので二番煎じのよくあるパクリ作品だと思ってました。多少は子連れ狼のヒットが影響してるのでしょうけど、原型はたぶんこちらの仇討物語にあったのかもと今さらながら気づきました。

撮影日:2015年4月19日(日)


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posted by ぽち at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧道を歩く | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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