2012年10月01日

泉区の石塔・石仏44(和泉町)

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和泉町2973に建つ石塔・石仏です。
和泉川沿い東側の道、修悠館高校(旧・和泉高校)の敷地、
いずみ中央寄りの端から鋭角に曲がり、山村歯科の前から
道沿いカーブしたのち左折(和泉団地が見える方向)。
民家の駐車スペース横にあります。

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形が残っているものは向かって右端から、「青面金剛王」
(庚申塔)・「庚申塔」・庚申塔(青面金剛刻像)・
堅牢地神塔・たぶん道祖神の5基です。

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「青面金剛王」台座に「庚講中」とある自然石型の庚申塔。
向かって正面左上部が欠け、建立年など元々彫られて
いないかのようにすら見えて詳細不明です。

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「庚申塔」台座に「講中」。角柱型。
建立年:嘉永元年(1848年)。
向かって右側面に「嘉永元戌申年十二月吉日」、左側面に
「相州鎌倉郡和泉村」。

20121001s7.jpg

青面金剛刻像の庚申塔。崩れてきていますが舟型で
台座がついたタイプ。台座に三猿。
建立年等不明。

青面金剛の右手真ん中は合掌、左手下に弓を持ってます。
他は不明です。

20121001s8.jpg

「堅牢地神塔」。角柱型。建立年:天保十二年(1841年)。
向かって右側面「天保十二年丑二月吉日」、左側面に
「相州鎌倉郡和泉村」。

20121001s9.jpg

「神」しか読み取れない石塔です。
大きさのまま「○神」なのか、上部が崩落して何文字か
あったのか不明です。
近隣のものと較べると「道祖神」だったのではないかと…。
(あるいは「地神」も考えられますが…)。

持っている資料(コピー取った時に本の名前や著者を
書き留め忘れたので、今度また調べてきます)。
古い時期に書かれた本で、載っている所在地が
違っていたり、今では無くなってしまっていたり、
崩れてしまっていたりするものが多いのですが、興味深い
ことも多いのです。

今回の所在地に該当するデータが載っていなくて、建立年を
頼りに探したところ、中之宮左馬神社の境内にある石塔として
6基記載されているなかの2基が該当しました。

中之宮左馬神社(和泉町3253)は修悠館高校とみなみグランドの
対岸、御蔵橋を渡って道なり進んだところにあり、近所といえば
近所です。

以前訪れた中之宮左馬神社の石塔5基のうち、建立年がわかって
資料に該当するものは1基のみ(文久元年の庚申塔)。
(資料には弘治九年の道祖神について記載無し、天明三年建立の
鯖大明神の石塔、建立年不明の「木食観正」の碑なども記載無し)。

境内にある建立年がわからない庚申塔が当時は建立年を
読み取れたとしてもう1基。
残り4基のうち、2基が該当。あと2基の行方は…?
この和泉町2973に建立年不明の庚申塔が2基ありますよね。
それが該当するのかどうか…?

ちなみに資料に中之宮左馬神社(和泉町3253)にある庚申塔として
建立年が掲載されている不明のものは、「享保六巳年十一月」
「延宝五丁巳暦二月」「万延元年庚申年」です。

20121001s5.jpg20121001s6.jpg

和泉町2973に集められた石塔、後ろや横に崩れた部分か
数基ほかにもあったのか不明のものもありました。

撮影日:2012年10月1日(月)

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posted by ぽち at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 庚申塔・石塔・石仏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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