
静岡県伊東市赤沢にある「河津三郎祐泰の血塚」。
別荘地の舗装路が終わり、それなりに整備された旧道の入口から
山の中を歩くこと約300m。

血塚は鬱蒼とした木立の中にあらわれます。
河津三郎祐泰は仇討ちで有名な曽我兄弟の父です。
仇討ち物語の発端となったのがここ。
安元二年(1176年)、伊豆に配流されていた源頼朝を
慰めるために奥野で大巻狩が催された帰途、伊東祐親・
河津三郎祐泰(祐親の長男)親子は領地争いで、祐親に
恨みを抱く血族の工藤祐経の命令を受けたものにより、
「椎の木三本」と呼ばれる椎の大木から弓矢で狙われ、
祐親は助かりますが河津三郎は血塚がある場所で絶命しました。
*奥野の大巻狩では相撲大会も催され、30人抜きをした
俣野五郎景久を河津三郎祐泰が負かしています。
河津三郎祐泰の相撲・河津八幡神社の過去記事:
http://tottokocubtaro.seesaa.net/article/156358883.html
俣野五郎景久・俣野観音(ぽちのご近所〜)の過去記事:
http://tottokocubtaro.seesaa.net/article/127502326.html

血塚は積石塚とその上の宝筐印塔で供養され伝えられてきました。

宝筐印塔は南北朝期のものだそうです。

裏側からも見られます。

入口から続く旧道は昭和八年に国道135号線ができるまで、
鎌倉古道であり江戸時代から続く下田街道でした。
老中松平定信、吉田松陰、血塚の史跡を訪ねてきた
俳人たちも通った道で、歴史に思いをはせて道を見て〜と
説明板に書かれていました。
実際、歴史の雰囲気に浸れます。
(ちょっと怖かったけど)。
曽我兄弟の墓・曽我寺の過去記事:
http://tottokocubtaro.seesaa.net/article/184255874.html
駐車場:無し
撮影日:2011年11月28日(月)
神奈川の話じゃなかったけどポチいただけるとうれしいです
1度訪れてみたいと思っていた場所でしたが、秋に泊まった
犬連れペンションの近くでびっくり〜。帰るときに、史跡に
興味のないぽちダンナと犬を車で待たせて見てきました。
しか〜し。イザ積石塚と宝筐印塔にカメラを向けた途端、
カメラが動かなくなってしまい… 背筋がゾォーっと
お墓じゃないから、何かあるとしたら山の魔とかの類いに
からかわれたのでしょうけど、一応、塚に向かってご挨拶したら、
カメラ動きました。
単なるデジカメの不調…と思いたい(後にも先にもないけど)。


