結局、上野から銀座線に乗って浅草まで行って来ました。
地下から出たら人力車がたくさん!
しかし、どっちに浅草寺があるのかキョロキョロしてしまったおのぼりさんです
ビルの上の通称・金のう○こ(あれってキン斗雲?)が見えたので
反対側だと気づきましたが。
すぐにドーンと立つ雷門へ着き、あまりの人出に驚くぽち。
雷門(風雷神門)は日本で最初に風神雷神がまつられた門だそうです。
仲見世の人・人・人。
面白そうなお店も並んでいますが、ゆっくり見るにはまた今度来ます。
それにしても、とってもジャパネスクなのに、海外旅行に来ている感覚に
陥るのはどうして〜
海外からの旅行者が多いことと、おみやげの和風のものが微妙に
ホントの和物とは違ってたりするから?
吊るしてある着物なんて、安いチャイナドレスかエスニックなキモノみたい
…実はこういうの大好きなんですけどね(見る分には)。
宝蔵門。
雷門と同じく、この「小舟町」の提灯も浅草寺って感じです。
宝蔵門手前横にあった浅草不動尊。
ここにはなで仏さまが。
先程見たスリランカの仏像みたいに金ぴかでなめらかな、
さわり心地のよさそうな仏さまです。
熱心に撫でられている参拝者もいらっしゃいました。
本堂です。
本堂落慶50周年の大開帳が10月15日から1ヶ月行われています。
(だからこの時期、浅草寺に訪れたかったのだと来てから思い出しました)。
柱が立っているのは開帳の間、ご本尊と結縁するためのお手綱まいりの
ロープ(?)を渡すためのもののようです。
帰りに、たらされた五色のひもを束ねて結縁させていただきました。
本堂の内部は成田山の本堂を小さくしたような感じでとても似てました。
ガラス越しにご本尊を拝みます。
大開帳の時以外は観音さまの扉は閉まってるのでしょうか。
金龍山浅草寺(聖観音宗)。
ご本尊は飛鳥時代(628年)に隅田川で漁師に拾われた聖観音像で、
郷士がまつり、大化元年(645年)に観音堂が建立されたことがはじまり。
元は天台宗。
歴史が古いことと奉納などに多くの人が関わっているので(将門の妻の弟なども)、
詳しくはお寺のHPをご覧ください。
浅草寺HP: http://www.senso-ji.jp/
大開帳にあわせて「大絵馬寺宝展と庭園拝観」が開催されています。
入場300円。
奉納絵馬や額は昔、境内の額堂や絵馬堂にかけられていたそうですが
今ではこういうときにしか見られなくなっています。
絵馬は今の絵がプリントされていて願い事だけを書くようなのと違い、
奉納者がお金をかけ、江戸の絵師が技量を競い合うものだったというのが
よくわかる迫力あるものばかりです。
モチーフも「源三位頼政のぬえ退治」や「弁慶と牛若丸」「楠正成と正行の桜井の別れ」
「源平合戦のしころびき(平景清)」など興味深いものがたくさん
寺宝には5代将軍綱吉の描いた白衣観音の掛け軸もありました。
特別展を抜け、以前は秘園だったという庭園へ。
回遊式庭園で気持ちいいお庭は寛永年間(1630年代前後)に作庭されたもので
約1万平方メートルの面積だそうです。
写真は浅草寺本坊伝法院と五重塔。
伝法院ではお茶がいただけます。
お庭を出て、奥山という昔の大道芸人などが集まっていた場所で
芸を披露されてる方やお店がずらっと並ぶところを通りました。
浅草寺境内はかなり広い敷地に沢山の建物が建っています。
淡島堂、弁天堂、鎮護堂、影向堂、薬師堂…。
小さいものでは一言不動、金龍権現、九頭龍権現…。
どれもまわりましたが、多すぎて、見ただけになってしまいました。
浅草寺では「観音経百萬巻写経運動」がすすめられています。
向かって左がその写経のすすめのチラシ、右が、写経供養会の様子が
のっているチラシです。
こちらがその「観音経百萬巻写経」の用紙(500円)です。
おみやげと一緒に購入しました。
写経したあとは郵送し、その後同封されていたハガキに納経印をいただいて
返送していただけるそうです(購入も郵送可とのこと)。
1人1巻でも100万人が写経したら達成できるという考えがスゴイ。
銀守(表に聖観音の梵字、中に観音さまの刻像があるペンダント)と
買ったら、浅草寺という寺院発行の冊子をいただきました。
成田山の図書館で、こんなのがあるんだ〜と思ってた冊子です
今回は写経はおさめてませんが、延命十句観音経を数回唱え、
ご朱印をいただきました。
坂東三十三観音のひとつで、先達?(ツアコン?)が何冊もの納経帳と
掛け軸、白衣を出していて、納経所には列がずらり。
1度に沢山出す人には、車のファスナー走行のように個人で並んでいる人を
間にはさむくらいのことをして欲しいですねぇ…
巡礼で時間に追われてるのかもしれませんけど。
おまけ。
一言不動の前にあったお百度石。
お百度石って上部に回す輪っかみたいなのがついてるほうが好きですが、
なんとなく「わーい
今まで見事なくらいに縁がなかった浅草寺。
機会がなかったとか興味なかったのではなく、「行けなくなった」
ことばかりでした。
大開帳の時に初めておまいりできたのも何かの仏縁だったのでしょう。
人が多すぎて、聖域といった雰囲気のあるところではありませんが、
本堂にはすっとなじむ感じを受けました。


