2018年08月15日

富山で見た迎え火、夜賑わう墓地

正確な場所は覚えていない。そこにいた時でさえ、所在地を把握していたとは言い難い。富山県の入善から魚津までの何処かだったことだけは確かだ。
夏のお盆休み、友人達とオートバイでのツーリング中。キャンプ場でテントを張り、チェーン店ではなさそうなファミレスで夕食をとり、缶ビールを手にブラブラと散歩をしていた。

ガラスの水槽を抱えてぞろぞろと山に向かう人たちを見かけ、何があるのかとついて行った。お祭りに行くかのような子供たちも多い。山の狭い上り坂は人でいっぱい。

道からググッと曲がる入口。そこは墓地だった。たくさんの人、煌煌と灯された灯りが不似合いな昔ながらの墓地。レジャーシートを通路に敷いている子連れ家族もあり花見を思わせる違和感。

何より違和感の中心は水槽だ。暮石の前に置かれていたり、抱えられたままだったり。ガラス水槽の中身をさりげなく見て行く。

火が灯る蠟燭。1本から数本。タバコ、ビール、ジュース、お菓子、マスコット人形、アクセサリー、故人と思しき写真、45回転レコード、本、ミニカー、花などなど。

蠟燭を除けば一見カブトムシでもいそうな水槽だが、故人を偲ぶ物で溢れていた。ミニカーなどの小さな子供を連想させる水槽は切ない。

墓地をぐるりと回って、入って来たところから出る。蠟燭の火がついたままの水槽を抱えて出て行く人もいる。

ああ、これが迎え火なのか。門口でおがらを焚く迎え火しか知らなかったが、本来お墓参りをしてから迎え火をするとも聞いたことがある。

この地ではお墓で故人の好きだったものなどを目印として迎え火し、水槽に呼び寄せてそのまま家へお連れするのだろう。

歩いて墓地と往来できる環境。ひっそりと故人を偲びつつ、または家族で明るくわいわいとお迎え。わたしが知っている形骸化したお盆行事とは違う、本来のお迎えがそこにあった。

30年程前の旅の思い出。




posted by ぽち at 03:55| Comment(0) | 思い出の旅・道・場所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月13日

朝早い朝日村の思い出

朝日村。確かそんな名前だった。
お盆休み、オートバイで友達とツーリング中に立ち寄った。それも早朝。

前夜宿泊した小さなバンガローは虫の住処で、川からの水気は頗る冷たく、レインウェアを着込んでシュラフに入っていても寒くて寝られなかった。

仕方なく朝3時過ぎにキャンプ場を出発した。通行予定の国道は土砂崩れで通行止め、大きく迂回して朝日が出た頃に着いたのが朝日村だった。

峻険な山が人家のある道の両側に聳り立つ。名前通り朝日でしか太陽を拝めないのではないか。

酒屋だか雑貨屋だか何屋なのかわからない、田舎にありがちな何でも屋さんを見つけてバイクを降りた。朝ごはんを調達したい。

普通にお店が開いていて地元のお客さんもいる。近所周りでは子供達が走り回って遊んでいた。何気ない風景。

いや、何気なく無い。今何時?まだ5時だ。朝5時に開いているお店、買い物に来る客、元気に遊んでる子供たち。

バイクシートに腰掛けて切通しのような道の、聳り立つ山の合間にある太陽を見上げながら、店で買った菓子パンを頬張った。


朝日村。
村の日常は旅の非日常。今となっては現実にあったことなのかさえ疑わしくなる30年前の思い出。


posted by ぽち at 23:31| Comment(0) | 思い出の旅・道・場所 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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